庭に咲いた小さな薔薇。
薄いピンクの花弁が可憐だ。
もの想う秋はシャンソンに耳を傾ける。
Alexandre Tharaudの"Barbara"
クラシックのピアニストであるAlexandre Tharaud アレクサンドル・タローがプロデュースしたBarbaraのトリビュート・アルバム。
ライナーノーツに記された、バルバラに捧げるアルバムを作ろうと思い立つ経緯も、微笑ましく映画のような素敵なストーリーだが、20年前のその気持ちがこめられたアルバムは聴く者の魂を捉え、揺さぶる。
タローの弾くピアノの一音一音が、参加したシンガーの一声一声が、忘れていた何かを思い出させる。
愛と悲しみ、諦めと希望。あるいは他の、なにか心を締め付ける気持ち。
来し方、路傍に忘れて、あるいは捨てて置いてきた記憶や感情の断片を、音符の形をした小鳥達が嘴でつまみ、運んでくるかのようだ。
バルバラは僕たちの一回り上の世代の人達に支持される歌手と思っていたが、タローは1968年生まれと聞くと、本国では世代を超えた支持を得ていることがわかる。
久しぶりに訪れたON爺のブログで知り、HMVったのだが、秋の夜長を過ごすのに相応しい一枚となった。
沁みるなあ。ひたひたと。
さてもの想いのひとときを終えたらCDプレーヤーを止めてSPU活性化運動に戻ろうか。
土曜日、海神無線でファインメットコア(左)、とビーズ(右)を求める。
海神無線の主人によると、整流ダイオードあるいは整流管の下流(平滑コンデンサー側)に用いると効果が大きいとのこと。
今回はフォノケーブルで使用することを伝えると、「環境によるが、使いすぎると高域が減退するので、入力側のみに用いるのが賢明。」とのこと。
なるほどと、両方を求めて日曜日に作業する。
まずは平方電気の中村さん(当時)製作ケーブルにコアを装着し試聴する。
自作するとその効果を過大に評価しがちであるが(笑)、それを考慮しても、一段階ノイズレベルが下がったのは明確だ。
リスニングルーム内を立ち歩いても、電磁波か高周波か知らないがそういうもののノイズに乗ることが気づかないレベルに落ちた。
ファインメットコア、恐るべし。
これでヴォリュームの目盛は今までの10時から10時半まで安寧出来るようになったが、願わくばもう一段階、12時まで上げたい。
うーむ、それでは次に何をするべきか?
と腕を組みふと目をやると、昇圧トランス〜LCRフォノイコ間の細いノイマンケーブルが目に入る。
ここでまた間抜けな話を書くのは気が引けるが、今更のように気がついたのだ。
今までトーンアーム〜昇圧トランス間のケーブルにひたすら目を向けていた一方、トランス以降をノイマンケーブルに一任で良いのだろうか?という素朴な疑問に。
思い立ったが吉日じゃ。早速、ノイマンを別の外来ノイズに強そうなケーブル(オーディオクエスト)に取り替えてみる。
これはまた効果てきめん、いくつかの機材の電源ケーブルが繁茂?する「低地帯」の近くをかすめるトランス~プリ間こそ、シールドの効いたケーブルが必要であることは明白ではないか。
言い訳をすると、繊細な信号を扱うフォノ入力ラインには、なるだけシンプルでストレートなケーブルを起用しようというコンセプトでノイマンケーブルを用いて来たのだが、それにしても気づくのが遅すぎた。(^^ゞ
これで無音状態でも11時半までボリュームを上げられる。
さて、満を持してオヤイデPA-2075 V2ケーブルにビーズを装着したものを聴いてみよう。
細かい作業に思いのほか手間取った。ふう。
するとどうだ。流石はオヤイデ最先端のケーブル、シールド効果も平方を凌ぎ、12時半まで一気にボリューム安寧ゾーンが拡大した!
これは我が家では前人未到、アムンゼン隊に匹敵する大偉業の達成じゃ。(プッ大袈裟な)
シールドによって音が殺されることなく、円盤に刻まれたあるがままの音が、SPUというフィルターを通して再生されている。
SPUは、必要以上にディテイルに入り込まず、ヒステリックな高音は適度に落ち着け、低域は厚みを加え、ふっとい毛筆で絵画を描くように、おおらかな音楽を奏でてくれる。
音溝に刻まれた音源を漏らさず正確かつダイナミックに再生するのが合理的で運動能力に優れた現代ジェームズ・ボンド、ZYX ATMOSとすると、かたやSPU-Gの要所を抑えながらも鷹揚な音楽は、齢を重ねるごとに魅力を増すショーン・コネリーの如し。
どうやら我が家のSPU-Gも晴れて男になることができたようだ。