更新せぬうちに、釜山の生活も残すところあと僅かとなった。
何ごとにも賞味期限があり、終わりがある。
それだけのことだ。
それだけのことだが、釜山の生活は、僕にとって、オーディオ的に大きな変化の契機となった。
どんなによかろうが、絶ーッ対、手を出さぬはずのヴィンテージ真空管オーディオというジャングルに、李さんというナヴィゲーターを得て、最初は恐る恐る、後半は「毒を喰らわば」で積極的に、ずんずんと突き進んだ日々であった。
WE272プリに始まり、WE271A POWER AMP・Wharfedale SFB3、そしてWestern×SIMENS管のLCRフォノイコ付プリアンプと、夢中になって密林を掻き分けて奥地まで分け入って来たけれど、最後に手を染めたのは、やはり音の入り口だった。
御茶ノ水とあざみ野の師匠や李さんの意見・アドバイスを参考にして、集めたヴィンテージパーツを、分解清掃・調整の上、ボードに適した集製材Plinthに組み上げたものが、ようやく今日、調整者バクさん自らの手で手元に届けられた。
パクさんは李さんの知り合いでソウルの専門家、端正で繊細な顔立ちはオーディオショップの親父さんらしからぬ風貌だ。ベンツのSUVでソウルから駆けつけていただいたのだが、いったいオーディオショップの社長さんという方達はかようなハイエンド車に乗るものなのか?
という下衆の勘ぐりは置いて。
届けられたTD124とSMEは、それぞれ分解清掃・調整のうえ、たいへん美しい仕上げのPlinthに組み上げていただいた。
音が出る前に、その姿に既に魅せられてしまっている。もはや芸術品。見ているだけでうっとりするようだ。
音の悪かろうはずがない。
といいつつ、最初はハム対策に三人で追われる。
気付いてみればなんて言うことはない、ケーブルの取り回しの問題であった。
取り回しを改善した跡は、ハムは皆無だ。それはそれでまたすごい。
カートリッジはオルトフォンSPU。この日のためにアンプビルダーのムンさんから譲ってもらったものを、李さんが届けてくれたのだ。
さてその音は。
今まで聴いたMarkLevinson MLC1とカートリッジの音色の差が大きく、ううむと腕を組んだきり。
SME30212付属のカートリッジカバーにMLC1を取り付けようとするが、手持ちのネジでは長さが合わない。日本に帰ってから探すしかない。
停滞した空気を察してパクさんが持参された手持ちのテスト用オルトフォンSPU(70年代製)に切り替えると・・・
思わず李さんと顔を見合わせる。
息を呑むほどの濃く、広く、深い音場が目の前に広がった。
音源はいつものオーマンディ×フィラデルフィア響のSWEDISH LAPSPDY。
骨格の違いを見せつけるような、スケールの大きな音にしばし聴き入る。
「(ムンさんから譲ってもらった)こっちのSPUもエージングが進めばもう少し良くなるでしょう」と李さん。
『いやそれは違うな』と思いながら、李さんもそれを承知の上で取りなしてくれているのがわかるので、うん、とうなずく僕。
いずれにせよ、僕にとってこれからの時間を共にするストラクチュアが手に入ったのだ。
釜山で暫定的に使っていたDENONは、李さんの知り合いのために引き取られていった。
さらばDP60L。僕のオーディオ熱が始まった時からよく貢献してくれた。気候の良い釜山の地で余生を全うしておくれ。
李さんとパクさんが帰られたあとも、取っ替え引っ替え手持ちのヴィニルをTD124に載せて聴き続ける。
気のせいか、だんだん音も良くなっていくようだ。
悩みは、いかにしてこれを無事にヨコハマに持ち帰るか、である。
やれやれ。