音を紡ぐ

28日夜、釜山文化会館大ホールで行われた水原交響楽団(スウォン・フィル)の演奏会で、素晴らしい体験をしたので記しておこう。

スウォンはソウルの南約20kmの地点にある人口約100万人の都市で、サッカーKリーグ・サムソンのフランチャイズでも知られる。
といっても釜山からは遠い街、特別に意識したことも無く、チングの李さんからコンサートの情報を教えてもらって初めて腰を上げた次第。
李さん曰く「客演のバイオリニスト、キム・チヨンは一聴の価値があり、オーケストラの水準も高い」とのこと。

5月28日は釈迦の誕生日で韓国は休日。しかもアリーナ席でKRW20,000≒1,400円と求めやすい価格。行かない理由がない。

19:30の開演にあわせて15分前に会場に到着すると、客席は9割方埋まっている。一般にクラッシックの人気がいまひとつの当地では、なかなかの盛況だ。
演目はM.グリンカ作曲「ルスランとリュドミラ」序曲、メンデルスゾーン バイオリン協奏曲 e-minor、そしてベートーベン交響曲第五番。
オケのメンバーに女性が多いのが目立つ。ストリングスは殆ど、管楽器も半分近くを女性が占める。

指揮のキム・デジン氏が燕尾服で颯爽と登場、一礼の後指揮棒を振り下ろす。
「ルスランとリュドミラ」序曲、初めて聴く曲だが、すぐにストリングスの滑らかな調べに惹きこまれる。絹のテクスチュアを思わせる聴き心地だ。
まとまりがよく、素晴らしいアンサンブルだ。メンデルスゾーンへの期待が高まる。

そこでキム・チヨン氏登場。胸元の開いた艶やかな黒のタイトドレスで、サイドを飾るシルバーのレース生地が美しさを際立たせる。表情に意志の強さを感じさせる美人バイオリニストである。
笑顔で登場のチヨン氏、しかしその右手が弓を振るい、聞きなれた主題を奏でるや、彼女の生み出す空気の振動が、特別な力で聴衆を鷲掴みにする。
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腰を入れ、足を踏ん張り、時に力強く、しかし優雅にバイオリンを演奏する姿は、奔り出る音符達と同様、ダイナミックでかつ美しい。
CDで聞けば、息遣いや弦のタッチでバイオリンの音プラスアルファも感じ取ることも可能だが、こうして目の前で演奏者が全身を使ってまるで音の粒子を噴き出させるように音楽を生み出している様子を目にすると、言葉を失いただ目と耳に神経を集中するのみである。
軽やかに剣士が剣を振るうが如く、柔らかな筋肉の躍動が、素晴らしい旋律で空間を満たしていく。

目を凝らすうち、彼女の姿が舞台上で次第に大きくなっていくような錯覚に捉われる。まったく、圧倒される演奏だ。

休憩時間も席に留まり素晴らしいパフォーマンスを頭の中で反芻していると、やがて館内が暗くなり、この日のファイナル、ベートーベンの交響曲第5番の始まりを告げる。

編成は左から第1・第2バイオリン、チェロ、ビオラのストリングス群。正面第2バイオリンとチェロの後方に木管、チェロの右翼に金管、正面最奥にコントラバス、その右に打楽器という配置である。正面奥にコントラバスをズラリと並べる、という配置が目新しい。低域の迫力を増す狙いだろうか?と素人考えを浮かべる。

いままでこのホールで聞いたオケの音は、概して音が小さく、「前に出てこない」印象がある。
僕はそれをホールの設計上の問題と考えて、舞台上空に大きな反射板などを設ける必要があると勝手に考えていた。
しかし、この日水原フィルの出す音を聞いて、そんな浅はかな素人考えを撤回した。

ppからffまで音が実によく観客席に届くのである。よく訓練されたアンサンブルにより、楽器ごとのユニットが、そしてオケ全体が紡ぐ音に大きなエネルギーが宿っているようだ。

指揮者キム・デジン氏はこの洗練されたオケを縦横に乗り回すドライバーの如く、気持ちよくタクトを振り、奔り出る音を纏め上げていく。第3楽章から最終楽章への盛り上がりは、息をつく間もなく感じるほど圧巻であった。
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熱狂する観衆の拍手に応え、何度も舞台に姿を現し、また3度にわたりアンコール曲を演奏するなど、観衆と一体となった素晴らしいコンサートであった。

日本の隣の国にも、こんな素晴らしいオケがいるんだな。また一つ楽しみが増えた。
by windypapa | 2012-05-30 20:38 | オーディオ | Comments(0)

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