ヴィンツが来たりてズ-ルに出会う

私鉄に揺られながらの帰路、車窓に流れる夕闇に沈む街並みを眺めながら、今宵聴く音盤の選択を始める。
朝早くにお犬様の散歩というタスクゆえ、宵っ張りは出来ぬ身。貴重な1時間をどう過ごそうか、思案するのもまた愉しからずや。

オフ会の週末に備えて、今週はポップス系の音盤がプラッターに載る日が多かったので、今日はモオツアルトのK466の第2楽章を聴こうかな。
それとも先日東響の演奏に触れたマーラー#10緩徐楽章に耳を傾けようか。

しかし、本当は別のところに関心があることは隠せない。

月曜日に着いた「あるもの」をセットアップしたいという気持ち。

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そう、2007年10月に当時の我が家で試聴した魔神ZYX Atmos-X を、ついに我が家に招き入れたのだ。
https://windypapa.exblog.jp/6523458/ 

前回は巡回試聴ということで、ユニバーサルアームに取りつけての試聴で終わったが、「幾久しく」のお付き合いが始まる今回は、Goldmund StudioのT3アームに着座してもらうことになる。

しかし、StudioのT3アームのカートの着脱は、大変神経を使うものなので、平日に慌てて行うのはもってのほか、とはやる心を戒めて来たのだ。

とはいうものの、もはや限界、抑えられぬ。(笑)

よし、今宵こそと意を決し、帰宅後、家人と夕食とお茶の時間を過ごした後、「ポートレート」を撮影してからしずしずと地下の空間に下りていく。(^^ゞ

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10年を経てもシャープさを失わぬこの面構え。

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ヌードも厭わぬ気風の良さ。(笑)

深呼吸して心を静め、作業に取り掛かる。

まずはT-3アームに固定されたシェルのねじ止めを外し、先住のPhasetech P-3の出力端子から髪の毛のようなリード線をのついたキャップを取り外す。

シェルからP-3を無事リリースしてほっと一息。

続いて、逆の手順でAtmos-Xを装着する。P-3と比べて明らかに軽い。

サブウェイトがついたままだと針圧をかけられないので、安田さん特製のサブウェイトを外し、適正針圧をかける。

このあたりの作業、SMEなど通常の1点支持のアームだと簡単に運ぶのだが、リニアトラッキングのT-3はホント気を遣うのである。(;´∀`)

本来はこの後、針先の位置調整、カートリッジに合わせたアームの高さ調整が待つのだが、今夜はここまでとしてまず音を聴いてみよう。

Malotkiのトランス受けで、まずは山下達郎の”On The Street Corner”に針を下す。

左右に広がる音場感とベールをはいだような鮮烈で緻密な音、という感想は前回のままだが、さらに解像度が高まり、倍音の成分が増したような印象だ。

分析的に聴くよりもまず、聞き惚れてしまう自分がいる。

”Spanish Harlem”のハーモニカの音色のシャリンという響き。そして途中で入ってくるアカペラハーモニーの厚みに。

こうなると我家のモニター盤、カラヤン指揮BPOの楽聖第9グラモフォン盤(1962年録音)第4楽章を聴かずにはおられない。


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冒頭のチェロとコントラバスのレチタティーヴォが聞かせる低音のなんと底知れぬ深み。

そしてヴァルデマール・クメントの今まで聴いたこともない溌剌とした歌声。

映画であれば塩化ヴィニルの中から生きた人間が飛び出して歌い出す映像がぴたりとくるようなリアルティ。
さてはソファに沈んだまま眠っているのか?否、目を開けてSPを、音が繰り広げられる部屋全体を凝視し、覚醒しているぞ。
うーむ、まさに4D(Atmosの後継名称)マジック。

クメントに負けてはならじと、ヴァルター・ベリーが朗々と返す力強い歌声。

今までオケやコーラスに埋もれがちであった、グンドゥラ・ヤノヴィッツとヒルデ・レッセル=マイダンも、ここぞとばかりに塩化ヴィニルの黒いドレスを脱ぎ捨て、きらびやかな衣装を纏い、自己主張たっぷりに「肉声」を披露し始めたではないか。

なんというゴージャス。なんという破天荒。

これはもう、ハイレゾとかの域を超えています。

いやもう、聴き続けたいのはやまやまなんだけど、風呂入って体を休めねば犬の散歩に行けなくなる。

高鳴る胸を抑えて、アームを元に戻し、アンプの灯を消そう。

どうやら神田明神さんの横手から、我が家にミューズが越して来たらしい。

いや、むしろヴィンツZYXがやってきて我家のズ-ルGoldmund Studioに邂逅した、というべきか。(懐かしの”ゴーストバスターズ”ネタ)

面白くなってきたぞ。

# by windypapa | 2018-04-20 11:13 | オーディオ | Comments(0)

音楽の贈りもの

東京交響楽団の2018年度演奏会プログラムが始まった。
15日はその劈頭を飾る第65回定期演奏会を聴きにミューザ川崎へ。


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指揮:ジョナサン・ノット
曲目:マーラー交響曲第10番からアダージョ
   ブルックナー交響曲第9番

家人の帰省に合わせ、チケットを求めたのが10日(火)であったが、幸運にも3階LA席を入手できた。
ノット×東響の「追っかけ」を自称されるS氏に来場を確認すると、「当然」とのお答え。(笑)公演前、休憩、デブリと感想を交換し合い、博識のS氏から情報を得るとともに体験を共有した。

それにしてもである。
ノット×東響の評判は聞こえていたが、これほどまでの演奏を聴かせてくれるとは想像もしなかった。

そもそも、マーラー10番はハーディング×VPOのCDが手元にあるものの、最初に聴いたきり殆ど聴いた記憶がない。
ブルックナーはヨッフム指揮ベルリンフィルのヴィニルをほぼ毎月のように回しているが、第3楽章までたどり着くことは、まずない。(-_-;)

クラシカルミュージックに関する素養・感性の貧困がばれるので、あまり大きな声では言いたくないが、マーラー10番の捉えどころのなさ、茫洋とした展開には意識がついて行かず、眠りに落ちるのが常である。現に頭に残る旋律を言えと言われても思い浮かばない。

ブルックナー#9は、僕にとって音楽を「建造物」として眺めるための曲であり、管楽器の音色とフォルテシモのエネルギーを聴くのが目的化している。
しかし何回聞いても「ブルックナー休止」と独特な和音に注意が逸らされ、ひとつの音楽作品として楽しむことができない。

今回も、音の良いミューザで、ノットが振る東響がどのような音の伽藍を構築するか、ひとつ聴きに行ってやろう、というのがもともとの目論見であった。

しかし、ノットが登壇し、彼のタクトでマーラーが鳴り始めるや、その繊細で美しい弦楽器のアンサンブルに聴覚が痺れるように反応した。
まるで森の中の湖にかかる朝靄の中を小舟で漕ぎだしていくような導入部だ。
劇的な展開もなく、心の中に次々と思い浮かぶ様々な想念を反芻しながら、湖上でゆらゆらとたゆとう、そんな気持ちになりながら、はしたなくも幾度か意識が体から離れていった。

休憩時に会ったS氏は、ノットのタクトに反応する東響のオケの音の素晴らしさを称賛し、端々まで感性がしみ込む演奏に感嘆されていた。意識が体から離れてしまった私は恥ずかしさを噛み殺しながら、相槌を打つ。(笑)
すでにこのとき、S氏はこの日特別なブルックナーを聴ける予感に捉われていたようだ。

休憩後始まったブルックナーは、氏の予感通り、すべてにおいて圧倒的で、確信的で、そして啓示的であった。

この曲が語られるときに必ず引用される、「神」「神秘」「荘厳さ」がそこあり、しかも概念としてではなく、手で触れられるかのような実体的な姿で提示され、驚異的なエネルギーをたたえる湖面がホールを満たすように音楽に包み込まれ、耳元で「確信的な啓示」を述べるのが聞えるのだ。

ノットと東響の、なんという信頼感と一体感。その紡ぎ出す音楽の、至上の美しさ。

この体験を表現するための言葉を選んでも、言葉遊びに終わってしまい、もどかしい。しかしこの日会場を埋めた(といっても7分の入りだったが・・・)聴衆の何割かは、同じように鳥肌が立つ思いをしたのではなかろうか。

ノットの構築する音楽のイメージを摑むうえで参考になるインタビューが東響2016年のパンフレットに記載されているので無断で引用しよう。
音づくりの具体的なイメージを問われて、こう答えている。

「私が一番に試みようとしているのは音の組み立てです。低音を中心とした組織構造にしてゆく。いわゆる明るい音とは別物で、どちらかというとドイツ的な音ですね。ファフナー(ワーグナーのオペラの登場人物のひとり)が金の上に座しているように、“座る”音でなければいけない。低周波の音というのは、それだけ倍音が上に積み重なっているわけです。なので、高音はそれに合わせなければいけない。低いところから積み重ねる音はとても安定感があります。そういう音の方が実際に白と黒のシェード(陰影)のニュアンスが表現できますし、いわゆるダイアモンドのような輝きではない、内面から語る音を作り出したいのです」

ノットがオケから引き出す音の魅力の一端を知るうえで、非常にわかりやすいコメントだと思う。

また、同じインタビューでこんなことも言っている。
「たとえばテンポひとつでも、常に動いていて、速くなったり遅くなったり、本当に微妙です。この微妙さというのが、私はとても好きなのです。音楽作りは、とかく極端に走りがちです。なぜなら、大袈裟にやるとわかりやすいから。理解されやすい、成功しやすいからといって、そういう罠にハマりたくありません。私は繊細な音楽作りを目指したいと思っています。そのような音楽の味わいをお客様と一緒に分かち合いたい。音楽はとにかく人々の人生をよりよいものにします。より深く聴く、そのお手伝いができれば嬉しいです」インタビュアー 松本學 2015年7月17日

演奏後、落ち合ったS氏とともに興奮で頬を幾分紅潮させ、ワイングラスを片手に、プログラミングの妙から信仰的核心に至るまで、縦横無尽・快刀乱麻の(笑)にぎやかなデブリを行ったのは言うまでもない。嗚呼、幸せなひと時よ。

日曜の午後、川崎というロケーションゆえなのか、若干空席の目立つ客席は残念であったが、ウィーンに足を運んでも聞くことができるとは限らない、素晴らしいオーケストラの音が、この日ミューザに鳴り響いたことを記しておきたい。



# by windypapa | 2018-04-15 22:05 | music | Comments(0)

西のMalotki、東のJC1/DCでマルチなアナログ

ワ―フェデールに続き、CSEの安定化電源とSONYのターンテーブルを手放した。
納戸があるのを幸いにセカンダリー機器のファームに使っていたら、空の段ボール箱とともに嵩が増し、家人の厳しい視線に耐えられなくなったのがきっかけだが、使いもしない機器を手元に置くのは確かに怪しからぬ仕儀にて、有効活用していただける方にお譲りした次第。

ところで輸送の際、最近は送り先がバーコード化され、送り状を書く手間は省けるのだが、郵便局の端末リーダーの感度が鈍くてなかなか読み取ってくれず、ストレスがたまる。

先日もバーコードを手に郵便局に向かうと、例によって読み取らないので、一言局員に文句を言ってやろうと手にとってよく見ると、なんとクロネコ指定のバーコード。あたふたと指定業者のデポに出直すはめに。昔から早とちりの癖は治らない。文明の利器、使いこなせねば役立たず。ふう。

去る者があれば来る者もこれあり。

ニューカマーの紹介が終わっていなかった。といっても、大型機器の入港ではなく、音源のお話し。


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1.山下達郎 LP "On The Street Corner"
学生時代にトモダチのレコードをテープにダビングしてよく聞いていたもの。
さして期待もせずに再生してその高音質に驚いた。ハイレゾ音源もかくやのワイドな音場感。いや、聞き惚れました。すんごい。

2.Duke Jordan LP "Flight to Denmark" 45rpm盤
33rpmの愛聴盤(日本盤)の音楽はいいんだけど、音はモヤモヤしているんだよね。45回転なら痒い所に手が届くのでは?と思って入札。
聴いてみるってえと・・・うーん、期待の半ばってとこかな。
世の中何もかもそううまくいくもんではない。

3.The Rolling Stones LP "It's Only Rock'n Roll"
高校生の時買って頭の中にリッピングするほど聴き込んだ日本盤と、数年前に手に入れた普通のUK盤に続く、UKオリジナル盤を入手。
プラッターに載せて回し始めると、随分波打っているなあ。(;´・ω・)
それでもちゃんとトレースするので良しとする。
音質は、確かに手持ちのUK盤よりいいけど、目が覚めるほどのことではない。
ストーンズの音源って、DECCA/LONDON時代のLET IT BLEEDなんかは最高なのに、自分たちのレーベルになるとイマイチだなあ。


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で、このあたりの評価で終わると面白くない。
ここはひとつ、再生装置の設定も工夫が必要になろうというものじゃ。

例えば1.タツローの場合は、前回有頂天になって触れたレヴィンソンのJC-1DCとOrtofon SPUでぴたりとハマって素晴らしい再生となったが、その後やはり鉈の切り口と重低音が恋しくて置き換えたMalotki×SPUで2と3を聴くと、上記の通り今一つの結果だったってわけだ。

まずはSPUをMark Levinson MLC1に交換してみよう。
2.Stones Labelのモヤッと視界不良気味の音にも、シャープさが少し宿るようだが、低域はまだまだ。
Thorens TD124をGoldmund Studioに替えると、さらに霧が晴れる。
同時に聴いていたDoobie Brothers "Stampede"の場合、低域の解像度につけた注文も、ムンドに替えたら一気に霧が晴れたのように消滅したのだが、この不良達はそう簡単に更生しない。

すると次の一手はMalotkiに替えて再びJC1/DCの登場ってことになる。
Malotkiのトランスは、ズウウンという低域表現と、時に「ヌラリ」とするような「艶」・「ヌメリ感」が魅力なのだが、スピード感や色付けのない透明感を欲しい時はJC1/DCということになる。

僕はMCカートを3つしか持っていないが、それでも考え得る選択肢としては、カート3×ターンテーブル2×昇圧手段(トランス2+ヘッドアンプ1)=18通りに広がってしまう。

まさにモルチプル・アナログ・アウトプット。

といっても、ムンドのカート交換は骨が折れるので事実上凍結、トランス2種の違いはある程度、近しいカテゴリーに入るので同一視すると、実質的にムンドStudioで2種類、トーレンスTD124で4種類、併せて6種類のオプションとなり、それぞれの音色の性質を考えてマッチングさせることになる。

でもね、モォツァルトのピアノ協奏曲を聴いた後にストーンズを聴くように脈絡のない再生家の僕としては、いちいちレコードに合わせてカートやヘッドアンプを交換するのは面倒じゃ。

で、結局のところ、ある構成で再生する音を聞きながら、別の構成ならここはこうなるだろう、などと頭の中で想像する、へんてこなヴァーチャルリスニングをすることになる。ハハハ。


我ながらおかしな奴。






# by windypapa | 2018-04-11 22:56 | オーディオ | Comments(0)

Come back!

桜に浮かれる間にも、オーディオの話題もあったので、記録しておこう。

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1.NAGRAの帰還
REW不良で製造元(日本のエンジニア)に帰ったNAGRAは、即座に診療台に乗り、右側リール台の摩擦によりスリップ機構が固くなり、バックテンションが増加していたために不具合が発生していたことが判明、軸受鋼球の研磨と鋼球プレッシャーの調整という治療を受け、日を待たずに前線に戻された。
この反応の速さ!かかりつけのドクターを持つ頼もしさよ。

戻って来たNAGRAは、何事もなかったように黙々とテープを巻き戻し、再生し、早送りする。この機械の操作感がタマラン。
早送り、巻き戻し、再生のそれぞれにモーターを内蔵し、あれよという間にテープを巻き上げるREVOX A77と比べると、NAGRAの早送り・巻き戻しはロバのごとき足取りだが、小さな体に収めた1台のモーターですべて賄っていると想像してみたまえ。頭が下がるではないか。

とそこまで言うことではないか。(^^ゞ

あらためて先日聴いたMozart ピアノ協奏曲第9番 K.271 PF/アンドラーシュ・シフ、ヤーノシュ・フェレンチク指揮 ハンガリー国立交響楽団(1975 OCT30 @リスト音楽院大ホール)を再生する。
気のせいか音も良くなったような・・・素晴らしい演奏に留飲を下げる。

2.オフ会参加
六本木檜町公園の桜を横目に愛でつつ、過日、瀟洒なマンションにオーディオファイルを訪問した。
いままで立ち入ったことのない、素晴らしい住環境に感銘を受ける。
同じ人間として生を受けながら、無駄に生きて来たものと有意義に生きて来たものの差がここまであからさまに現れるのかと、最近お参りする近所の神社のご利益を一瞬疑う。(-_-;)

防音処理をされた9畳ほどのお部屋の中は、直熱三極管アンプと平面バッフルに収められたヴィンテージ銘SPの強力アウトプット陣に対して、上流にはTD124・Garrard 401というアナログ機器とファイル化されたハイレゾ音源が控え、しかもアナログ音源もAD変換して一括してデジタル信号として専用アプリで再生するという、伝統と革新が同居するシステムであった。

強面の平面バッフルと大蛇のようなケーブル類に思わず身構えるが、聴かせていただいた音は、ヴァイオリンの音色にこだわるオーナーの嗜好を反映し、実にしなやかで美しい、豊かな音楽性を感じるものであった。
ヴァイオリンはもちろん、ギターやヴォーカル、サキソフォンの音まで美しく鳴るーサキソフォンの木質感あふれる音色!—のには驚かされた。
クラシカルミュージックを好まれるオーナーが、たぶん私のために用意してくださったBeatlesのソースでは、ワイルドなジョンのVoにナイーヴさが宿ることに感心。
音楽の嗜好と住環境から、過度の低域や音圧、刺激的な音の再生を追わず、ご自身の愛する音楽を美しく聴く環境を整備されていることに感じ入った次第。
羨ましくも心洗われるひと時であった。

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3.Mark Levinson Head Amplifier JC1/DC上陸
JC1/DCはすでにひとつ、手持ちがあるのだが、モジュール不良で休業中なのである。モジュールを溶解して修理するサービスもあると聞くが、ちと値が張るので躊躇していたところ、eBayでJC1/DCの出物があり、折からの円高も言い訳にしてゲット。

事前にSellerにノイズの有無について問い合わせ、全く問題ないとの返事は得ていたものの、自分で確認するまで分からないのがオークション、意外と早く到着した現物を開梱し、電池を装填して早速試聴したのが昨日の夜だ。

まずはMercuryのVerdy序曲集(ドラティ指揮LSO)に針を落とす。広帯域でダイナミックレンジをギリギリに広げた音源はテストソースにもってこいだ。

針を落とす前から、無信号状態でのSNの良さに驚く。アース線接続無用でハムは皆無。我が家においては設置場所も選ばない。
バッテリー駆動のメリットを最大限享受している。

さて冒頭の右chから迸り出るファンファーレ。これがファンファーレらしく響くかどうか。大人し過ぎては興醒めだし、刺激が強すぎてもNG。
ここを良い塩梅で通過する。(Malotkiトランスの方が押しが強いが音も荒い)
続く、波打つようにクレッシェンドするストリングスの再生も、音像が十分に広がり、トランスペアレントでかつダイナミックだ。(都知事並みにカタカナが多くて済みません)
これは、素晴らしい。

音楽の躍動感、エネルギーを優先する僕としては、いかに美しく透明感があろうと、音が引っ込んでしまっては興醒めなのだが、JC1はカートリッジから伝達された音の生気を殺ぐことなく、雑音や歪を少ないまま増幅してLCRフォノに渡してくれるので、大変好ましい再生となる。

Ortofon SPU-GやMark Levinson MLC-1といった低出力カートリッジとのコンビネーションでは、Malotkiトランスの増幅率は少し苦しいところがあり、僕の望む音量に上げようとすると、それなりにノイズを拾ってしまうのであった。
Malotkiの音圧、鉈で切るような豪快さには捨てがたいものがあるので、カートリッジによって使い分けていくことになろうが、頼もしい助っ人の登場だ。

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相好を崩してMozartのピアノ協奏曲19番pfポリーニ・ベーム指揮VPO、バーンスタイン指揮NYPのチャイコフスキー交響曲第6番第3楽章といった聞き慣れた音盤に針を落とす。

うーむ、SPU-Gよ、君を見くびっていたことを素直に告白しよう。(SPU-Gを再生してくれた武蔵野フォンさんにもあらためて謝意)

よーし、つぎはMLC-1との相性を確認しよう。うふふ、楽しみだな。


# by windypapa | 2018-04-04 22:33 | オーディオ | Comments(0)

行く春を惜しむ

右足の肉離れも徐々に回復し、日曜日から伸縮バンドも外して外出。
最初は恐る恐る・・・ふくらはぎの筋肉を伸ばさぬように。
階段を一段ぬかしで上がるのはまだ不安があるけど、通勤の不安もほぼ解消した。ほっ。

そんなこんなで余裕ができたのか、昨夕は東宝スタジオの夜桜ライトアップ見物に帰路、途中下車。

仙川沿いの暗い遊歩道をスタジオに向かって歩いていくと、前方がほんのりと明るくなってきた。

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ここから約300mほど、ライトアップが続くのだが、流石映画製作の照明スタッフの手によるものだけあって、強すぎず弱すぎずの絶妙の塩梅で夜桜を川面に映し出す。



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すでに満開を過ぎ葉桜になりかけた桜だが、照明に浮かび上がるのは御覧の通り美しい桜色。

風に吹かれて散る花びらを追うのか、蝙蝠たちが川面を飛び交い、番の白鷺も美しい羽根を桜の枝で休めていた。

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桜の花びらが散る遊歩道を家人と歩きながら、行く春を惜しむ。




# by windypapa | 2018-04-03 08:59 | 日々是好日 | Comments(0)

サクラサク

今年もお楽しみのお花見は、10年前までは参加することを考えもしなかったバスツアー。

ぞろぞろ集団で移動するのが恥ずかしいとかいう気持ちが薄れた、ということか。

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新宿東口から出発。

半蔵門から国立劇場、最高裁前などお堀端の桜を車窓から眺めながら、浜離宮へ。


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初夏を思わせる陽射しのなか、広ーい敷地を散策する。将軍家の鷹狩の場であったというだけあり、都心とは思えぬ鬱蒼とした林の中を歩く。

お次は、白金は大久保彦左右衛門邸跡の八芳園。

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僕は初めて訪れたが、素晴らしい庭園。木瓜の花まで美しい。

庭園を眺めるダイニングルームは一般客用で、バスツアー客は宴会場での昼食となったのは残念だが、食事の内容・サービスは手抜かりもなく、及第点。

ごちそうさまでした。

その後、バスは日の出桟橋に向かい、水上バスで隅田川を遡行して浅草へ。

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アサヒビール本社ビル壁面に映るスカイツリー。

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外国人観光客で大賑わいの仲見世から脇に入り、梅園の軒先で「どらソフト」をいただく。

胡麻味ソフトとどらやきの皮の幸福な巡り合い。

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ああ、よく歩いた。東京駅から三菱一号館中庭を散策して大手町からロマンスカーで帰る。

たまには息抜きも良いものじゃ。

# by windypapa | 2018-03-29 22:44 | 日々是好日 | Comments(0)

災禍は幸福の裏側にあり

で、前日写真を載せておきながらスルーしてしまった4track19cm/secのテープの話の続きだけど、右端のNHK FMをエアチェックしたものの中身が、

1.Mozart ピアノ協奏曲第9番 K.271 PF/アンドラーシュ・シフ、ヤーノシュ・フェレンチク指揮 ハンガリー国立交響楽団(1975 OCT30 @リスト音楽院大ホール)
2.Mozart 2台のピアノのための協奏曲 変ホ長調 K.365 Pf:エミール・ギレリス&エリーナ・ギレリス、カール・ベーム指揮VPO(1973)
というもので、これがなかなか楽しませてくれるソースなのである。

K.271のほうは、オケのクオリティは中庸なのだが、なんといっても22歳で才気煥発のシフの、感受性豊かで活き活きとした演奏に心が惹かれる。
不思議なことに、演奏者のそうした姿まで音に現れてくるように感じるのだ。

K.365のギレリス父娘の演奏もしかりで、左chに父、右に娘という構図が、鍵盤のタッチと音で、手に取るようにわかるところが面白い。
「鋼鉄のタッチ」とは異なる、娘との共演を愉しむかのようなギレリスの滋味あふれる演奏に耳を傾ける。
大好きな第3楽章の演奏にも、そんな父娘の息の合った掛合いの姿が目に浮かび、心が和む。

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レコード・CDジャケットはこんなかんじ。


ところで、手持ちのREVOX A77の4track機は、若干ワウフラッターが起きやすい傾向があって、唐突にピアノの音に揺らぎが生ずる場合がある。聞き流せないレベルではないのだが、ピアノ協奏曲ではちょっとなあ。

そういうときにはと、NAGRAのデッキを引張りだして再生すると、揺らぎはぴたりと治まる。
再生音も、よりファットで太いREVOXサウンドから、シャープでエッジの効いたものに変わるから、また面白い。

アナログ再生でカートリッジを変えるより、もっと大きな違いを感じる。

そうなると最初からもう一度聴きたくなって、巻き戻しをかけるのだが、おやおや、おかしいぞ。
始めは元気よく巻き戻されていたというのに、途中から息が切れてきて、最後は青息吐息で、ついには止まってしまったではないか。

おかしいなあ、と思ってリールを外してREWボタンを押すと、ストレスなく回る。
テープに原因があるのかしらと、別のテープを2-3本かけてみるが、結果は同じ。長い坂道を上ってきた年老いたロバのように息切れする。

これは自力救済の範囲を超えていると判断し、NAGRA創造主のエンジニアに連絡し、ゆうパックで送付する。

早く良くなって帰って来いよー。

オブジェとしても美しいキカイが一ついなくなると、なんだか寂しいものだ。

それまではREVOX A77の図太い音を楽しもう。




# by windypapa | 2018-03-27 14:39 | オーディオ | Comments(0)

美しくにに生まれて

久しぶりに最近読んだ本の備忘録でもつけておくか。

といっても、相も変わらずハヤカワの行進。還暦間近というのに知性の深まりを感じさせないのはなんだかねえ。

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ジョン・ル・カレが並ぶのは、Godzilla先輩の以前の記事でル・カレを読んでねー奴は・・・みたいなことが書いてあったので、気圧されてブックオフに走って入手したもの。(笑)

先ごろまでこのあたりの文庫本は密林で1冊1円+送料という馬鹿みたいな値段で売り出されていたように思うが、急に見当たらなくなったのはなぜだろう?
ま、いいか。
いまさらジョン・ル・カレを語るほど神経が太くないので特に記さないけど、先輩の言う通りでした。

その隣のNovel 11 Book 18はブックオフで書棚を見ていて村上訳ということで目に留まり、求めたもの。
一言で言えば、変な小説。

帯に書かれているほど「引き込まれる」訳じゃないけど、なんだか最後まで読んでしまう。
訳者は作中にも登場するイプセンの「野鴨」との相似性を指摘するが、恥ずかしげもなくこれまでイプセンの著作を開いたこともない僕には、よくわからん。
といって、何か小難しい小説かというとそんなことはなく、単に主人公と彼をめぐる物語に同化できないまま、ただ何が起きるのかには無関心でいられず、最後まで付き合ってしまうようなお話。

つぎ、週末に聴いていた音楽(の一部)

Ayre d1が治ったときはCDを集中的に聞いていたのだけど、REVOX A77 2Track/38cm機が治ると今度はテープにへヴィーローテーションが移る単純な精神の持ち主が、私という男である。

我が家にある10インチテープは大半がレコードを録音したものだが、レコード再生では決して出てこない音が出てくるところが妙味・・・というか、単純に驚かされる。
再生方法がレコードの場合はミクロン単位のカートリッジの針先、テープの場合は数ミリ幅のヘッド、という物理的な差が大きいのか、それともイコライザー回路の差に秘密があるのかよくわからないが、テープの音は野太く、かつ繊細で生々しい。

レコードから録音されたムラヴィンスキー指揮レニングラードフィルのチャイコフスキー交響曲第6番。テープが回ると、あのハンニバルの象達がズドドドと土煙を上げて突撃してくる。
音楽に蹂躙されるのか、音に蹂躙されるのか、よくわからぬまま、なされるがまま。

続いて4track機を引張りだし、7インチのテープを回していく。

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左から、オットークレンペラー指揮フィルハ-モニア響のベートーベン交響曲第7番。1960年の録音。
CDはもちろん、アナログレコードでもこのソースを聴かされたら、その大時代がかった演奏に途中で辟易して席を立ちそうだが、なぜだかテープの再生音はうまくマッチするのか、重戦車隊の行進を眺めるがごとく、楽しんでしまう。それにしても圧倒的な第2楽章。

お次はバックハウスのベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番。イッセルシュタット指揮VPO。最近の繊細で滑らか、感受性豊かな演奏とは一線を引く、厳格な美しさに目眩がしそうだ。
それでいて音はちっとも古臭くない。これがテープの素晴らしいところだ。アナログでこの高音質盤を探し当てようとすれば、どれだけの時間と費用がかさむのか。

しかし良いところばかりではない。テープの場合、左右chのバランスが取れていないケースがある。
聞くところによれば、テープ加工過程では、広幅のテープにLch, Rchの音を交互に入れ、それを6.3mm幅にカットしていくのだが、米国製などの場合、カットの基準が甘く、若干左右chのバランスが崩れる場合があるそうな。

REVOX A77の場合、バランスコントロールがついているからよいが、そんな機構がついていないデッキの場合はプリアンプ側で調整するしかない。

また、テープヒスというノイズも、気になる人は気になるところだろう。幸い私の場合、脳が自動的に補正してテープヒス音をカットするので、気にするに至らないが。(笑)
テープヒスがあろうが左右バランスが多少くるってようが、いかに生々しい音の原石、演奏の神髄がそこに残されているかが問題であり、動機でもあるのだ。

そんなことを気負って口走るうちに、我が家のシステムは主人と同年代のロートルばかりになってしまった。ふう。

週明けの月曜日は絶好の花見日和。

ランチボックスを片手に、芝公園・増上寺のミニツアーを敢行。

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日本はやはり美しい。



# by windypapa | 2018-03-26 14:49 | 日々是好日 | Comments(2)

季節はずれの雪の日に一矢報いる

ここのところ、ドジばかり踏んでいるワタシ。

季節はずれの雪が降り積る春分の日、考えるところあってもう一度REVOX A77 2Tr 38cmのボックスを開ける。

キャプスタンモーターが回らなくなった話は2月22日の記事でお話ししたが、その時の経緯から言って、電源ショートピン周りが怪しい。

そ、下の写真の赤丸部分。

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写真に写っているショートピンのパーツが嵌っている状態で、同じショートピンを備える木箱を無理にはめてしまったことから、不具合が生じたわけだから、この部分が怪しい、と考えるのは自明。

このショートピンの刺さっているプラスティックボックスをシャーシにとめるハトメが緩んでグラグラしているのだが、ハトメを外してしまうとあとでどう固定するかを思いあぐねて手が出せずにいたのだ。

しかし、どうせ修理に出すなら、ハトメが外れてようが関係あるまい。えいやとばかりにハトメを外し、プラスティックボックスをとり外す。

中身は単純な構造で、ショートピンを受ける金具とそこにつながるケーブルが嵌っているだけ。改めてセットして、プラスティックボックスを固定せぬまま、ショートピンをして電源をつないだら、なんとキャプスタンモーターが回り出した!

いやはや、単純な物理的不具合だったことが判明。さて後はどうやってプラスティックボックスを元の位置におさめるか。

ハトメの代わりにネジを使えばうまく行きそうなので、プラスティックボックスに残ったハトメの残滓を外しにかかるが、しつこく食い込んでいてなかなか取れない。千枚通しで金属片を掻き出して、ようやくネジで固定出来た。ふう。

その上で木製ボックスに納めて改めて動作確認すると、ちゃんとキャプスタンモーターが回る。やったね!

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まったく、こんなくだらねーことを読まされる方には申し訳ないが、連戦連敗のワタシとしては、貴重な一矢を報いたということで、ぜひとも記錄しておきたかったのである。やれやれ。


# by windypapa | 2018-03-21 22:22 | オーディオ | Comments(0)

Not my day ふたたび

朝起きると、前の晩、久しぶりに会った会社の先輩に、酔いに任せてグダグダ調子こいて話したことを思い出し、気が塞ぐ。

犬の散歩をしてから、向ヶ丘のグラウンドに向かう。

早咲きの桜が満開だ。

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風は冷たいが、雲一つない晴天に気持ちも晴れる。

今日は久しぶりのフラッグフットボールの練習日。1月末の試合以来、左足の膝の調子が思わしくなく、ジョギングも控えていたので、軽めの負荷で合わせようと参加したが、陽気に恵まれ、幸いなことに身体も軽い。

準備運動を終わって「ミサイル」というディフェンスのアジリティ練習(ディフェンスがパッサーに正対してシャフルし、パッサーが示す方向にダッシュしてパッサーが投げたボールに反応する練習)に入ったときも、だから何の懸念もなかった。

QBが示した方向に一瞬逆を取られつつ、すぐに反応して右足を踏み出したときに、「ブチッ」という音を聞くまでは。

一瞬、何の音かな?と考え、次に右足が思うように動かなくなり、QBが投げたボールが目の前を転がっていくのが見えた。

時間にしたら1秒にも満たないこの瞬間、ブチッという音もその後のボールの動きも何かゆっくりと第三者のように見聞きしたことを覚えているが、次の瞬間、腱が切れたのか?という思いが浮かんで血の気が引いた。

右足首を見るが、幸いに異常はなく、膝下に違和感を感じるのみ。どうやらふくらはぎの肉離れというやつらしい。

ざわざわと体の中をいつもと違う血流が廻り、練習仲間に付き添われてベンチに下がる。

やれやれだ。

当の本人は「大丈夫、大丈夫」などと根拠なしに口走っているのに、練習幹事がてきぱきと指示して近所のコンビニからロックアイスが調達され、ビニール袋に入れた適量が、ふくらはぎに伸縮バンドで固定される。

肉離れは「冷やして圧迫」が基本とのこと。

永いことこの競技に関わって来たけど、幸いというかなんというか、こういう形の肉離れは初めてなのであった。

ふくらはぎの筋肉を伸ばさない限り、痛みはない。

春の陽光に温まった人工芝に身を横たえて、練習する仲間を眺める。

ずっと昔、同じような光景があったなあと思いながら、それでも当時はこんなのどかな気分じゃなかったなとつらつら考える。

練習が終わって1月の大会の祝勝会に繰り出すときに、一筋縄でいかないことに気が付いた。

普段は10分もかからない距離を、いったいいつになったら着くのかと思う時間をかけて、壊れた機械のような足取りで本郷通りを歩く。

片方の足を後ろに伸ばせないだけで人類の歩行はかくも困難になるのであろうか。

なんだか割に合わない罰則を背負った亀のような気持ちに、意気消沈。

とはいえ、気遣ってくれる仲間に囲まれ、ウーロン茶で祝杯を挙げ、取敢えずミッションに参加した気分になって、帰路についた。

家に辿り着いた時に、これほどほっとしたことは最近思い当たらない。笑

全く恥ずかしい話だが、自戒を込めて、記録しておこう。

トホホな一日。



# by windypapa | 2018-03-17 22:00 | 日々是好日 | Comments(0)

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