バイナリの河から外洋に漕ぎだす

初夏というより夏本番の日差しが照り付ける5月も下旬を迎えている。
しかし暑いと騒ぐわりには、コンクリートやアスファルトがまだ熱を帯びていないだけ過ごしやすい。
戸外で働く人は大儀であろうが。

犬の世話ばかりで週末を過ごすのも味気ないので、家人の後をついて生田緑地の薔薇苑に出かける。
小田急向ケ丘遊園前駅から藤子不二雄ミュージアムに向けて10分強ほど歩くと駐車場入口に辿り着き、そこから山道を登ること10分強の遊園地跡地に薔薇苑が広がっている。
いまどき入園料無料というのが嬉しい。ボランティアの方々の詰めるテントで硬貨分の気持ちだけ箱に収めると、花の種を分けていただけた。なんだか申し訳ない。

薔薇苑は思っていたほどではないが、回ってみれば丁度良いくらいの広さで、なかなか見事な庭園となっている。

僕の知らない様々な名前のついた色とりどりの薔薇達が、その美しさを競うように咲き誇り、つかの間の楽園、花の王国を形成している。

聞けばこのシーズンの公開最終日ということで、そう言われてみれば昼に向けて随分と人出も増えて来たようだ。

いろいろと見た中で記憶に残ったのは「黒真珠」と「イマジネーション」。「黒真珠」は赤味の差す黒あるいは黒味の差す紅色で、とても奥行きが深い色が印象的である。

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「イマジネーション」も紅色だが、落ち着いた、深い色合いの赤が茎の緑と対比をなして、これもまた甲乙つけがたい美しさである。

近いうちに我が家の庭に両種を迎えたいところだが、家人の判断やいかに。

さて自宅に戻ると今日も地下の穴倉に向かう。

DELAとLuminアプリでデジタル武装した我家のヴィンテージシステムの覚醒ぶりが凄まじく、我がことながら圧倒されるのだ。

いったいDELAなる一皮むけばただのHDDともいうべき銀箱に格納された味気のないバイナリデータが、どうやってESS9018という薄型チョコ片のような素子をくぐったのちに変換され、この大きなナス型のガラス管内の電極を飛び移る微弱なアナログ信号となり、床にうずくまる黒ラブラドールがごときML-3の体内でマグマのエネルギーを得ると、N2400アッテネーターで上下に切り分けられながら、片やアルニコマグネットの磁気回路を、他方アルミホーンレンズを奔流となって駆け抜け噴出し、この穴倉を満たし、その床を、壁を揺らすに至るのか。

レビンソン、JBLなど古の兵どもが新たな精気を得て洋々と歌う様は、まるでパイレーツオブカリビアンの黒真珠号(あれ、薔薇の話はここに引き込む前振りだったの?)の内部が電子機械に置き換えられ、最新の駆動力と火力を得て黄泉の海から帰還したかのごときである。

ジャック・スパロウの黒真珠号の名前を出したのは他でもない、外洋を巡行する船の例示であり、それがキャプテン・エイハブのピークオドであろうが構わない。デジタル音源によって地下の穴倉の再生音は相当の音量に堪えうるものとなり、いままでの箱庭的再生から一歩外に、波風の経たぬかわりに浜の雑多な音から逃れられぬ湾内の海から、紺碧にうねる外洋に漕ぎだしたのである。

内海と外洋の違い、それは潮の流れ、覗き込む海の深さ、色、渡る風の香りに見出すことができようが、我が穴倉においては、音の密度、余韻、色彩の深み、体にかかる物理的な音圧にその特徴が現れる。言うまでもなく、現在我が穴倉を満たす音は、深く、広く、濃い。

そしてラウドだ。

愛用の平方電気製USBケーブルを、長きにわたり死蔵してきたエーワイ電子のデータ専用USBケーブルに交換したのも貢献した。

以前(4~5年前)の環境ではさほどの差を感じなかったのだが、今回の環境で投入すると、鈍感な我が耳でもはっきりと違いを聞き取ることができた。




ヴォーカルの口が締まり、音響を上げたときの滲みが減った。そして何より低域に弾みがついた。

ウッドベースの音が垂れ下がらず、ビンビンと立ち上がる。気持ちいいー。(かくありたい。笑)

ビートルズのリンゴのヘタUSBから移した44.1kHz/24bitをDSD変換した音が穴倉に響くと、我家のパピーのように部屋の中を走り回る衝動すら覚える。

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Abbey Road のB面You Never Give Me Your Moneyからのメドレーを、気持ちが良いままに3回も聞いてしまった。

耳を立てろ。漫然と聞くことは許されぬ。否、漫然と聞くことはもはや不可能である。


# by windypapa | 2017-05-28 22:15 | オーディオ | Comments(0)

Lumin App導入とオーディオに向かう物理的姿勢の退化についての一考察

前回少し触れたように、2004年以来僕のオーディオライフを導き、その美しいソノリティに留まらず、卓越した意匠、佇まい、存在感、すべてにおいて僕を虜にしてきた黒衣の魔女、Mark Levinson ML-1嬢が次のオーナーのもとに旅立って行った。

デジタル再生の再開に向けて、機器整理が必要となったこと、Bo-Daプリが安定稼働している現在、2枚のエースを持つ必要性が薄れたこと、などが主な理由だが、一抹の寂しさは拭いようがない。

幸い新たなオーナーが当方の思い入れを理解してくださっているので、きっと可愛がってくださるであろう。 彼女の新たな活躍を祈るばかりである。


さて、DELAの導入記録である。

DELA N1AH20/2はLAN接続してLumin APPやLINN Kinskyなどのアプリでコントロールしないと操作できない。
取説によれば、USB/DACとダイレクト接続した場合は、DELA本体のパネルで操作できるはずなのだが、取説と現物ではパネルの表示内容が違い、本体での操作はできなかった。HP上に掲示しているDELAの取説をもってしてもこの始末。マーク2移行前のものを流用しているのだろうか?

そこでBuffalo WMR-RM433W/Aというオーディオ用無線LAN親機を購入し、DELAのLAN環境を整え、Android One端末にLumin AppをD/Lしたが、Lumin App画面はDELAをMusic Libraryとして認識し、その中の音楽ファイルも認識するものの、USB/DACをLUMIN(プレイヤー)として認識せず、プレイやポーズ、早送りなどの操作画面も現れない。

しかも認識した音楽ファイルも、ハイレゾ音源を除いたCDリッピング音源にはカバーアートがつかない。なんとも無味乾燥な有様。

かと思うと、突然USB/DACを認識してプレイ画面が表示され、演奏が始まることもあり、なんだか狐にでも化かされているような気持ちになる。
概して安定性を欠く挙動である。

仕方ないので、Macbook AirとUSB/DACをケーブルで結び、DELAに格納した音楽ファイルをAudirvana Plusで再生するという、NASとしての利用でお茶を濁す。
これはこれでもちろん良い音だが、PCを介入させること、いちいち音楽ファイルをドラッグしてAudirvana PlusのBoxに入れることが煩わしい。

DELAを安易に使いこなそうという目論見が外れたので、じっくり取り組む覚悟を決めた。

まず、DELAのファームウェアがアップデートされていないのではないかと疑う。

WMR-RM433W/AはデフォルトではClosed LAN接続設定で、DELAとネットワークオーディオ、コントロールアプリなど限られた環境内で動作することになっている。つまり音楽再生機器間のみのLAN環境を築くというコンセプトであり、しかもDELAとの併用を前提とした製品なので、Buffalo(MELCO)の推奨環境と考えられることから、最初はそのまま使っていたが、これではDELAファームウェアの更新もできない。
そこでWMR-RM433W/Aの設定をOPEN設定に変更し、ファームウェアを更新した。
これでLumin Appの動作が改善したか?   否である。期待に反して安定動作には程遠い。

Android One端末に問題があるのかもしれない。iPhone 5でLumin Appを動作させてみるが、五十歩百歩である。

だからPC Audio(正確にはPC Audioではないが、CD Player以外のデジタル再生を総称して)は嫌なんだよ、所詮おいらには敷居が高かったのさ。
なにがDELAだ。言うこと聞かなきゃ売り飛ばすぞ。

などと毒づき、フラストレーションを吐き出す。

しかし考えてみれば、Audio NAS環境を設定するのも初めて、コントロールアプリを操作するのも初めて、と初めて尽くしのトライアルなので、うまくいかないのが当然ではないか。オーディオそのものが、知恵と手間暇の上に成立していることを忘れてはならない。

と年相応にカームダウンして短慮の矛を収め、MELCOサービスデスクにメールで問い合わせると、いくつか示唆を貰った。その中でこれかな、と思い当たったのが「コントローラーモードの固定」だ。

取説によると、「 初期値では「ハイブリッドモード」に設定されており、様々なコントローラアプリでお使いいただけます。お使いのアプリに対応した専用モードを使用するときは、モードを固定してお使いください。コントローラモードを固定するには、以下の手順を行ってください。「モード1」に関する詳細な情報や対応するアプリについては、当社ホームページ(dela-audio.com)をご参照ください。」ということだが、HPにはLumin Appについての記述はない。
しかしサービスデスク氏は、Lumin Appは「モード1専用」設定が必要、とアドバイスしている。

そこで取説に従ってコントローラーモードをN1専用に固定してLumin Appを起動すると…

これまでの悪戦苦闘が嘘のように、すっきりつながってしまった! それでも猜疑心を拭えず、続けて再生するも、動作は揺るがない。

ここでようやく安堵の溜息を吐く。  まったく、手こずらせやがって。

ひと心地ついてFAQを眺めると、アルバムアートを読み込まない場合の対処法も書いてある。jpgのアルバムアートをファイルに添付すればよいらしい。
やれやれ、面倒だが暇を見てやってみるか。

かくして腰を落ち着けてDELA~USB/DACの音を聴く。

Audirvana Plusの美音も捨てがたいが、それに勝るとも劣らぬオーディオ的な醍醐味を秘めた音である。

そしてLumin Appの操作性といったら! リクライニングシートに体を沈めたっきり、手元で選曲できるって、夢のようではないか。

これは素晴らしい。 もうどっぷり浸りそうだ。






# by windypapa | 2017-05-24 21:22 | オーディオ | Comments(2)

こうして日々が過ぎていく

日曜日の昼に食べたキャンベルのかぼちゃスープの残りに、日曜の夜のアクアパッツアの残り汁を加え、1日置いた。

翌晩、キッチンでそれを温める香りに嗅覚が刺激され、激しく唾液を分泌した。

海老のトマトクリームスープの匂いだ。

スプーンですくって口に運ぶと、香り同様素晴らしい旨みだ。このスープにフランスパンと白ワインがあれば、他に何もいらない。そのくらい旨い。

白がなくて赤で我慢したけど。

アクアパッツアの白身魚、野菜、ガーリックの残り香がかぼちゃスープに魔法をかけたのだろうか。

こんな安上がりのまがい物ではしゃいでいるとお里が知れるが、知れたところで大したことはない。笑

家人も料理法?については顔をしかめたが、味は一応評価したようだ。

我家はいつだって結果オーライだろ?


さて読書記録。最近はチャールズ・ブコウスキーに嵌っている。

河出文庫の「勝手に生きろ!」と「パルプ」。その自由奔放さ、野放図さ、テキトーさ、救いのないダメ男さ加減、に腹を抱えて笑う。

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いや実際、通勤電車の中で笑いをこらえるのはきつい。

満員電車で「せこく」スペースを確保しながら、笑いをこらえて文庫本を読み耽る中年男。不気味だろうなあ。

救いのない馬鹿馬鹿しい展開の中にも、人生のペーソス、諦念が下敷きにあり、なぜか惹きつけられるのだ。

オースターの知的な東海岸文学とは好対照、ちょっと見、まったく逆さまの作品ではあるが、僕の頭の中の秤の針は同じ重みを示す。

多作のブコウスキーに感謝し、じっくり楽しませてもらおう。


さてDELA姫。

この姫は、無線子機を接続しないと、動作しないのであった。チッ、つかえねー。仕方ないのでBuffaloの無線子機を追加注文。届くまで姫はラックで籠の鳥状態。インプレッションなし。

Audirvana Plusで引き続きデジタル音源を聴く。Led Zeppelin "Mothership"を聴いてリマスターの威力に驚愕する。えー、こんな音が入ってたの⁉ という声が出てしまい、シャレにならない。参ったな。

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例えば”Whole Lotta Love”の間奏部、ジョン・ボーナムの鳴らすシンバルの音、この響き、金色のさえずり、そしてエフェクターによる音の広がり、その丸出しのギミック感、なんということだ、今まで聞いたことないぞ。

いままでよくある商業主義の「リマスターもの」で整理して棚の餌になっていたが、なんの、侮れんな。







# by windypapa | 2017-05-15 12:00 | 日々是好日 | Comments(0)

帝国の逆襲

前回ずいぶんとテンションを上げてインプレッションを書き殴った後、冷静になってもう一度聴いたら耳も慣れて大したことなかった

…なんてことが起きるんじゃないかと、少し心配したんだが、幸いにして我家のESS9018 & Audirvana Plus連合軍はその後もオイラの脳髄に着実に効果的な砲撃を加え、デジタル再生に対する抵抗勢力は総崩れとなり、残党共は部屋の隅っこで尻尾を巻いて丸くなってしまった。

この機を逃さず、連合軍はオイラの吝嗇性にも苛烈な砲火を浴びせ、デジタルミュージックファイルの上質なストレージを確保することを迫ったため、ついに我軍はこれを受け入れ、DELA HA-N1AH20/2の導入を認めるに至った。

並行して失われた音楽ファイルの復権運動の火の手も上がり、4年前に物理障害が生じた(誰だ、酔っ払ってHDDを倒した馬鹿は!)HDD内に幽閉される音楽ファイルを救出すべく、当該HDDはいかがわしい救出屋のもとに急送されたのであった。

…とまあ、なんだかスターウォーズ帝国軍のテーマが聞こえてきそうな導入部となった。

物流業界のサービスの見直しが声高に叫ばれるこのごろだが、密林の「お試し」Prime会員資格で注文したおかげで、DELA姫は早々に我が家に入城とあいなった。

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ラックに入れたら滅多に見れないバックも晒しておこう。


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もうちょっとマニアが喜ぶような意匠を纏ってくれればよいのだが、そこは目を瞑ろう。

来る人もあれば去る人もいるのが人の世である。華々しいデジタル祭りの陰で、別離を決意した黒衣の魔女がいることは記しておかなければならない。

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# by windypapa | 2017-05-13 14:44 | オーディオ | Comments(0)

バイナリの河を再び渡る

お茶の水のスタジオに月1回通って、その音を聴いていても、世間でいかにそれが市民権を得てこようと、もうジッターがどうのNASの設定がどうのという世界に戻る気はさらさらなかったのだが、ラズベリーパイの音を現実に聴いたときから、羹に懲りる頑な気持ちが少しく和らいだ自分を知った。

ラズベリーパイの音それ自体は、正直欲しいと思うほどの音ではなかったが、あのちっぽけな、小学生の科学実験キット風情の外観を、十分に裏切る驚きをもたらした。

それ以前に聴いたRME ADI2 proが、RMEらしくない、いわゆるオーディオ的美音であったことも、デジタルオーディオに目を向ける契機だったかもしれない。

そういう心持ちにあったときに、Oさんが身の回り整理でオークションに出品したDSD再生対応のESS9018 DACを瓢簞から駒で入手したことが、なんといっても直接の契機である。

持って回った言い回しだが、そういう経緯で、僕はまたこのまだるっこしくも現実に果実がたわわに実っている(らしい)バイナリの世界に戻ってきたのだ。

さてまずは身繕いから始めなければ。

地下の納戸の箱の中から昔取った杵柄、いや器具を取り出す。USBケーブル、Firewireケーブル、Plextor Premium2 光学ドライブ、Voyage MPD Alix基板、等々。

それと釜山で引倒して以来動かなくなった2TBの外付けHDD。一度業者に出したら修理不能で戻ってきたもの。技術の進歩が日進月歩なら、そのうち日の目を見るのじゃないかと死蔵していたのだ。

もうひとつ、膨れたバッテリーを取り外した年代物のMacbook。Firewire端子をもつのは此奴だけなのだ。

そんなデッドストックを引張りだして、アタマを絞る。Voyage MPDの再トライは、ハードルが高いのでこの際回避するとして、Audirvanaアプリを古物のMacbookから現行のエアーに移さねばならぬが、PC間を結ぶUSB長四角端子〜USB長四角端子ケーブルは手元に無い。はて、どうしたものか。

スマホのMicro SDカード! これをコンバーター端子を介してUSBポートに挿し、旧Macbookから現Macbook AirにAudirvanaを移植する。

次に、Plextor Premium2で読み取ったCDデータをMicro SDカードに移すが、容量が少ないのですぐ一杯となる。すかさず「密林」から32GBを調達する。

そのうえで旧Macbook上に残っていたハイレゾデータP. McCartney "Band on the Run"とJackson Brown "Running on Empty"を読み取り、その他日頃よく聴くCDデータをリッピングしていく。

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「リッピング」。なんか懐かしいな、そういえばPremium2を出来るだけ低速で回す対策があったような。(思い出せない。)

32GBだと普通のCD(700MB弱)で50枚弱かあ。あまり調子に乗ってリッピング出来ないな。

ということで、適当なところで切り上げて試聴に移る。

再生環境は、micro SD cardのデータをMacbook Air上のAudirvana plus を通して、ESS9018 DACのUSB入力に入れ、DSDアップサンプリングしたうえでアナログ変換した信号をBo-Da 管球プリに入れ、Mark Levinson ML-3で増幅してJBL Apolloで聴く、というもの。

前回はフェーズテックのUSB入力対応DDC基板付DACプラス外部クロックで再生していたが、高域の一部に耳障りな音が残ることと、サンプリング数が上がるにつれて音が気持ちよく広がる反面、音像が薄まる印象が記憶に残る。

先日O氏のデモを聴く限り、そうしたネガティヴな要素はなくなっていた。しかし、舞い上がらずに一人でじっくり聴かねば、僕の場合本質が見えてこない。

音数の多い、ゴージャスな録音盤にESS9018DACの強みが容易に発見出来ることは、デモの傾向から分かっている。
ここではまず、CDリッピングファイルをUSB入力したDSDアップサンプリング効果を聴くために、アバド指揮アルゲリッチのモーツアルト ピアノ協奏曲#25第1楽章を聴くことにしよう。

通常のCD再生よりも音場が広がり、清冽な再生音である。特筆すべきは、そこに広がる空気に、奏者の、あるいは楽器の奏でる音の圧力を感じることだ。何か、いつもと違う空気の密度を感じるのだ。例えばフォルテッシモで弦楽器から発散される空気の波動、グランカッサの響きの振動などが文字通り肌に伝わってくるのだ。

予想通り、再生音は木目細かく滑らかな方向だが、上記の効果も手伝って、音を薄く感じることは無い。寧ろ音符とその波動が部屋を満たす印象だ。

この空気の密度が上がる特徴は、愛聴盤Hendel Ah! Mio Corの1曲めアルバム表題曲を聴いて確信的となった。

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小編成でマイクが楽器に近いセッティングになっているためか、目の前で演奏される様が再現されるようで、空気圧も近く感じる。弦の擦過音、楽器の胴鳴りまで聞こえてくるようだ。
これはこのDAC再生のツボにはまったアルバムだ。試聴のつもりが、ついつい4曲目大好きなcara speme questo core tu comincia lusingerまで一気に聴く。

素晴らしい! このアルバムをこのクオリティでこれから聴けるとは!なんと言う僥倖であろう。

ポピュラーミュージックはどうだろう。

フルオーケストラや音数の多い音源は得意だろうと読むのは前述の通り。O氏のデモ時に続きSara Brightman "Harem"を再生すると、これはもうズバリどストライクなのであった。

Joni Mitchell "Travelogue"の「Slouching Towards Bethlehem」も狙い通り。ゴージャスな音場が部屋を満たし、空気の密度が上昇する。

Jazzはどうかと聴くRebecka Tornqvist, Per Texas Johansson "The Stockholm Kaza Session"

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2曲目Out of This Worldでぶっ飛んだ。サックス・ピアノ・ベースのシンプルな構成で、サックスの音色がテナーからアルト、そしてソプラノへと移行して行くのだが、このサックスの息吹ときたら、これは一体なんだ! というほどのゾクゾクするようなリアリティ。まるでサキソフォンの開口部が鼻先にあって空気振動が伝わってくるようだ。

これは我が家のシステムで2度目の(ひょっとして3度目か?)パラダイムシフトが始まったらしい。

もうブログを書いている場合じゃないもんね。はは。


# by windypapa | 2017-05-07 19:20 | オーディオ | Comments(0)

5月の風に吹かれて

陽気もよく外出日和が続く連休だが、こちらは自宅に留まっている。

理由1 仔犬を預かりに出せない。
理由2 渋滞を承知で運転する気力が無い
理由3 4月最終週の出張・外出と外食で疲労が溜まった
理由4 居心地が良い

というのが主な理由。

理由1 仔犬については、日一日と成長する姿が大変興味深い。
男の子ということもあるのか、挑戦が大好きで、家の中の新しい空間を探検する欲求に駆られている。今までは居間と台所が彼に許された居留地であったが、2〜3日前から居間と隣室を仕切るソファの背から隣室を眺めていたと思っていたら、昨日はソファの背をよじ上り、そこから隣室に跳躍して欣喜雀躍として新しい空間を走り回った。
絨毯を汚されるのが嫌で早々につまみ出したが、叱る以前に喜ばしい気持ちである。
ちなみに同じチャレンジは飽きずに続いている。

また同じ日に、いままで下から眺めるだけであった上階への階段を恐る恐る、上まで上りきった。最初は降りれずにぴいぴい鳴いていたが、降ろすとまた上りを繰り返すうち、こちらの根気が尽きてぴいぴい鳴かせるままにしたら、自力で降りてきた。

散歩に関しては、連休初日に初めて家の外回りを一周させたときはそれが精一杯で彼にとって大冒険であったものの、翌日には朝夕にはそれぞれ小一時間ずつの散歩が出来るようになった。引きもさほど強くなく、これから慣れれば「つけ」も出来るようになりそうだ。

途中で体重35kgというゴールデンの先輩犬に遭遇したが、臆すること無く「尻の臭いを嗅ぎ合う」礼を交わし、社交デビューも果たした。
しかし好事魔多し、3日前から変えた餌とその量が合わなかったのか、昨夕から軟便となり、今朝も下痢が続くので食事を抜いて散歩すると、帰ってから意気消沈気味に玄関の三和土で寝そべっている。
不憫に思って1/3の量の餌を湯でふやかして与えると、嬉しそうに食べて元気にはしゃぎ始めた。やはり食うものを食わねば身体が動かぬらしい。

理由2 根気がなくなっているのだ。それだけ。

理由3 4月後半は22日に大阪日帰りで昔の職場の同窓会、24〜26日は香港出張、27日釜山OB会、29日大阪日帰りで昔の会社の同窓会、2日は高校の仲間と飲み会、と対外活動が続いたため、少々身体が休憩を欲していたようだ。昔のつもりではしゃぐとつけを払うことになる。じじい臭いが、自重、自重。しかし29日の同窓会は、25〜30年ぶりに再会する仲間も多く、しばし来し方を回想する時間となった。

高校の仲間とは母校の膝元、藤沢の居酒屋「久昇」で気炎を上げたが、皆それぞれ相応の肩書を背負っていても、ほんの1分でカタガキは雲散霧消、昔のアホな仲間に戻っている。ありがたいことである。

この「久昇」、どこもかしこも金太郎飴的料理と味と看板の居酒屋業界にあって、今や貴重な居酒屋らしい居酒屋、実に味のある店なのだ。カウンターには大皿に盛られた酒の肴が並び、わかりやすく食欲を刺激するし、板さんから給仕のおね~さんから皆年季が入っていて、客とのやり取りにもテンポが生まれて気持ちよい。
他店アルバイトの「~ですがダイジョーブでしょうか?」を聞くたびに「ダイジョーブじゃねえ、ニホンゴちゃんと喋れ!」と叫びたくなるアホなおっさんが落ち着くには良い環境である。

もちろん、味もよい。悪いわけがない。店も満杯。どうりで幹事のジンが予約取るのに苦労してたわけだ。

いいねえ、藤沢から住まいまでは混まない急行で町田に出て各停に乗り換えればすぐなので、帰りも楽ちん。また来るぞ!

理由4 からりと晴れた日に、家中の窓を開け放った部屋でソファに座り書を読む楽しみは、無上のものである。例によって嵌りやすい性格から、最近は以下の通りポール・オースターの著作めぐりが続いている。


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あと、今手元にみつからないけど「ガラスの街」と「ティンブクトゥ」も。後者はちょうど犬の話なんだけど。

今読んでいる「トゥルーストーリーズ」では作家として自立するまでの悪戦苦闘が潔い筆致で記されているが、面白かったのはニューヨークで稀覯本を発行する美術商のもとでパートタイムの職についていたときに、ひとり「マン・レイの写真を見たい」といって画廊を訪れたジョン・レノンと挨拶を交わすくだり。

「ハイ」と彼は片手をつき出しながら言った。「僕はジョン」
「ハイ」と僕はその手を握って大きく振りながら言った。「僕はポール」

まるでLennon & McCartney の出会いのようじゃないか。

またレノンその他この世を去った人たちとの出会いを振り返りながら記した文章にも共感を覚える。

「人生もある時期まで達すると、自分の生活が、生者と同程度、死者とともに送られてもいることを思い知る」

また数周りも年長の詩人チャールズ・レズニコフとの触れ合いも心温まるものがある。

このように気に入った本を手に、身体を寄せてくる犬と戯れながら(あるいは彼のトイレの世話に中断されながら)午後を過ごすのも、なかなか乙なものである。

もうひとつ、うちに閉じこもる理由は性懲りも無く再開したデジタルオーディオにあるのだが、それはまた別の段で。







# by windypapa | 2017-05-06 14:25 | 日々是好日 | Comments(0)

PCオーディオ ふたたび

2週間前にやってきた新たな授かり物。

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我が物顔である。

朝からトイレの始末に、ご飯の支度に、ひとを駆り立てるが、当たり前のことながら、まったく悪びれるところはない。

彼の辞書に反省の二文字は無いのである。

しかし、それで良いのだ。

キミは僕らの心を豊かにしてくれる王子様なのだから。


もう一つ、僕の心を浮き立たせるものがやってきた。

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O氏ハンドメイドの、DSD再生対応DACである。

O氏の手元機材整理に伴い、放出されたものを幸運にも手に入れたもので、本日O氏自らの手で我が家に持ち込まれ、デモを実施していただいた。

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DAC基板はESS9018を左右chに1個ずつ使用した藤原さんのDAC9018D基板で、LR独立各ch8パラ動作。デジタル入力はSPDIF同軸と光入力の2系統、USB入力はDSDネイティブ再生、PCMからリアルタイムのDSD変換再生が可能なElectrart USDA-MINI基板を利用したもので、ノーマルDSD入力とシフトDSD入力の2系統で、合計4系統の入力を備える。

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電源にはRコア電源トランス2個とトロイダルトランス2個を備え、左右独立で給電、DAC基板3.3VにはメタルキャンTR 2N3470を使用した金田式定電圧電源、アナログ系1.2V電源にはLEDと2SC1013を使用した定電圧電源を左右別々のトランス巻線から給電し、デジタル系3.3Vにはディスクリート定電圧回路で左右独立のトランス巻線から供給。さらに特筆すべきはジッタークリーナー電源をメタルキャンTR2N3470使用の金田式定電圧回路から独立して給電し、クロック部の安定作動によりジッターの極小化を図っている。
UDA2基板の電源5Vも同じ金田式定電圧回路から給電している。

アナログ基板は4580オペアンプ等価回路を使用した藤原式A13基板を利用した電圧出力形式で、電源は左右独立に給電している。

このDAC基板はDSD再生におけるシフトパラ処理が可能で、シフトDSDモード再生時の背景の静けさ、空間の拡大に寄与している。

シャーシは中国製の〇〇MUND刻印のフェイクだが、仕上がり精度も高い総アルミ製で、フロントのLCDに入力セレクションとサンプリングが表示される仕組みである。

O氏から懇切丁寧に上記説明を受け、我が家のAyre D1とSPDIF接続でCD再生の音を試聴する。

さすがESS9018、見事な空間の広がりと切れの良い音を聴かせてくれる。

続けてO氏持参のPCでFooberを利用したCDリッピングファイルとDSDファイルの再生を試聴。

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CDファイルも自動的にDSD変換されるため、独特のきめ細かさ、空気感が乗ってくる。

DSDファイルの再生では、さらにスムーズでスペース感の溢れる再生を聴くことが出来た。

数時間のデモだが、これからの発展性に十分期待を抱かせる内容であった。

このDACを得たことにより、封印していたPCオーディオの窓が再び開かれた。

NAS構築、DSDファイルの入手、CDのリッピング、等々、課題は満載だ。


# by windypapa | 2017-05-03 21:10 | オーディオ | Comments(0)

デイミアン・チャゼル

Damian Chazelle監督・脚本の映画を観た。

封切り後すでに2年が経つ「セッション」(原題Whiplash)と今年2月のオスカー授賞式のハプニングが話題になった「La La Land」の2本だ。

昔の漫画だったら、封切り時の映画ポスターが破れて風に飛ばされていく、とうに過ぎ去った映画に何を今さら、ということになるが、いずれも機内のエンターテインメントで復活鑑賞の機会を得たのだ。

映画館で観たわけでない映画を、わざわざブログに記すのも気が引けるが、本人は日記程度にしか考えてないので、許してもらおう。

La La~は3月にヘルシンキに向かう機内と先週香港に向かう機内で、セッションは香港から成田に向かう機内で観た。

La La Landについては旅行記の中でも触れたと思うが、今回同じ監督・脚本の前作「セッション」に触れて、以前記した「プロットを文章で書けばどうということもなく、Jazzの描き方も皮相的にとどまる」というコメントに、駄文の上書きとなることも承知ですこし言葉をつぎ足したい。

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前回のコメントは、こう続く。「けれども、それらも含めて陳腐化・類型化されたテーマを洗練されたフィクションに作り上げ、見る者の感情を揺さぶる作品に仕上げる力に敬服。特にラストシーンに向かう「IF」のオケージョンによるフラッシュバックは見事で、印象的であった。」

この部分はよいとしても、今回は日本語字幕によりセリフの詳細を理解し、前回見逃していた細かなプロットやヒネリに気付き、この映画の本来の素晴らしさを味わうことができた、と思う。

それは主人公セブのアパートでの姉との会話における彼の人生観の焙り出し方であり、またハリウッドのパーティー会場を出た後にミアの車を探しに行った丘の上での、恋のとば口に立つ二人の舞踏シーンの掛け合いであったりする。

そうして積み重ねたエピソード(2度目に観ることでそれぞれが有機的に絡まり、物語に深みが感じられるようになった)の結果がラストの二人の立ち位置に至り、そのうえでセブがJ・Kシモンズ演ずるフロアMGRから解雇されるところから始まる「もしこうであったなら」の映像のフラッシュバックが、観客に一時のカタルシスを与えたうえでほろ苦いエンディングを迎えるのである。

Jazzは物語を構成する一つの素材だが、劇中音楽として大きな要素を形成するまでには至らない。登場人物が唄い踊るのは、古典的なミュージカルの規律に則った音楽である。

しかし、そこには明らかにDamian Chazelleの嗜好、テイストが現れている。本当はもっとJazzを語りたいが、商業映画人として、一般の観客の視点に合わせるにとどめよう、というやせ我慢のスタンスであるかのようだ。

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それは前作「セッション」でも同様だ。
もちろん、もっとJazzがテーマとして前面に出てくるし、音楽はまさにJazz一色だ。
主人公アンドリューと侮蔑的発言・挑発を繰り返す凄まじい音楽教師フレッチャーとの対峙、一方で、選ばれしメンバーとなるために恋人と別れ、フットボールのMVPを獲得した従兄を素直に祝福できない利己的な主人公、やがて訪れるフレッチャーとの関係の破局と、傷つきながらも平安を取り戻す主人公。しかしその後に仕掛けられるフレッチャーの罠と、一時はそれに屈しながらも、活路を開くために主人公が振るう乾坤一擲のスティックが最後に生む素晴らしいクライマックス。

この映画でのJazzの扱い方にも、Jazzマニアからは異論が噴出したことだろうが、「ロッキー」のボクシングが映画上の虚構であると同様、「セッション」のJazzも虚構なのである。

「セッション」はまさにJazzにおける「ロッキー」であり、アンドリューはロッキーバルボア、フレッチャーはアポロ・クリードなのだ。

だから観客は物語に没入し、熱狂するのではあるまいか。

それにしてもDamian Chazelle、まだ30代前半の若さとは。なんという早熟の天才か。


# by windypapa | 2017-05-01 17:47 | 映画 | Comments(0)

HKG

カオス 魔都

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あらかじめメディアを通じて様々なイメージが入力された街に初めて足を踏み入れる。

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コミットされた通りの景色もあれば、同じ街角の先に、驚きが控えていたりする。


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そこは一筋縄では行かないのが世の習いである。


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商用のため表面をさらっただけの旅であったが、必ずまた戻ってくるであろう、予感を手に入れた。






# by windypapa | 2017-04-26 17:51 | 日々是好日 | Comments(0)

双頭の鷲

2月以来、Western球とファインメットトランスから成るLCR型フォノイコライザーの使いこなしに注力してきた。

当初悩まされたハムも、ケーブルの取り回し、トランス位置、アースの取り方、プリアンプ電磁波対策などの工夫を重ね、落ち着いてきた。

その結果、Goldmund Studio×Mark Levinson MLC1、Thorens124×Ortofon SPU共に再生中は気がつかない(無音の防音室内ではブーンという低いノイズに気付く)レベルまで落とし込んだ。

プリアンプのシャーシこそ鉄製、内部は銅箔シールだが、シャーシ上はケーシングなしでST管・ナス管などノイズを拾う表面積の広い素子がズラリと並ぶ、無防備状態を思えば、次の対策を思いつくまでは現状で手を打ち、音楽鑑賞に専念しよう。

フォノ信号のバランス伝送は、Malotkiの分厚いアルミケースにバランスコネクターを埋め込む穴開けの苦労、SME3012Rの出力端子とMalotki MC トランスの接続方法の究明、という手間暇を考慮して最後の手段にとっておく。

という経緯で、SP足回り大作戦以降は、どっしりとソファに腰を沈めてお気に入りのヴィニルに針を落とす日々が続いていたのだ。

しかし先日某所で開かれた同好の集いで試聴した合研製のエントリーモデルのフォノイコが、それなりに鳴った。それが欲しいとかそういう話ではなく、それなりに鳴るという事実が頭に残った。

我が家にもフォノイコのストックがある。ひとつはMark Levinson ML-1、もう一つは是枝重治さん設計のKSE37という管球王国掲載・頒布モデルだ。

KSE37は、増幅回路の初段にはサブミニチュア5極管5702を、2段目には同3極管5703を採用したNF型フォノで、A&R LAB社のショットキーダイオード搭載の電源部は別躯体となっている、という話は以前もした。


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写真は製作者O氏が撮影し、公開したものを転用。(^^;


是枝氏が「管球式フォノイコライザーの麗しさ、典雅さ、彫の深さをすべて持っているかのよう」だと形容するこのフォノイコライザーを、2月に一度引っ張りだしたまま、僕は十分に使いこなせていなかった。

これを寝かしておく手もあるまい。

我家のフォノ信号はすべてLCRイコライザーを通すべし!というLCRフォノイコ至上主義に陥っていたことは否めない。

しかし、SP足下強化大作戦で、音の佇まいもだいぶ変化したはずであり、もう一度試してみる時が来たのだ。

半日通電後、Thorens124×Ortofon SPUからの信号を、是枝式フォノイコ経由でSiemens Bo- Valvo Daラインアンプに入力する。下流はMark Levinson ML-3~JBL C51といういつもの顔ぶれだ。

まず無音状態を点検する。ノイズはLCRフォノイコよりもやや低いレベル。合格だ。

ミュンシュ指揮ボストン響のベルリオーズを聴く。ヴァイオリン、ヴィオラの音色がより繊細で洗練されて聞こえる。今までのLCRの音の特徴がコクと深みとすれば、是枝フォノは浅煎りで酸味の効いた味といえようか。

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LCRフォノイコの残象と比べると、もう少し押し出しが強くてもよい気がするが、この方が自然な音色だと言われればそういう気もする。

譲れないのはガツンとくる低域表現だが、ここは意外な迫力を見せてくれる。一見優男だが、きらりと抜いた刀に凄みが走る、そういう感じ。


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次にワルター指揮コロンビア響によるMozart "Jupiter"(モノラル)を聴いてみよう。ピラミッド型の音像で、見事な低域の「ガツン」を再現する。一般的なモーツアルトの交響曲のイメージを裏切る、武骨とさえ言える音。素晴らしい。

それではと、Mercury Living Presenceシリーズ ドラティ指揮LSO ヴェルディ序曲集に針を落とす。強力な低音に一歩も引かない録音とマスタリング、下手なシステムでは音が割れるような音が噴出するが、あるがままに再生する。やるじゃないか。

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最後に僕のリファレンス盤、カラヤン指揮BPO第9交響曲から最終楽章を聴く。


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冒頭の爆発する不協和音とそれに続くチェロ・コントラバスの我が物顔の歌声を、くっきりと臨場感溢れる表現で描き切る。よろしい、合格だ。仲間に加えよう。

かくして是枝フォノイコはBo-DaプリアンプのAUX入力を占拠し、LCRフォノイコと双頭体制を敷くに至ったのだ。

善き哉

# by windypapa | 2017-04-12 21:55 | オーディオ | Comments(0)

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