週末の胸算用

先週末から急な冷え込みで、朝夕の電車内で咳き込む人が増えたなあと思っていたら、ヴァイルスを頂戴してしまった。金曜日から喉に違和感。
土曜朝に自宅から歩いて3分の医院に出かけて、30分待たされた挙句に診察は2分で終了。体温35.1度って本当か?年々低下しているなあ。
まあ、インフルエンザでなくてよかったよかった。

とはいえ、風邪のヴァイルス保持者となったからには、ジョグも母の見舞いもパス。

ぬくぬくと温かい地下室に潜り、日曜日のコンサートで聴く①ハイドンのチェロ協奏曲1番と②マーラーの交響曲第4番の予習をする。
①は今まで聴いた記憶がないが、手元にあったデュ・プレのThe Complete EMI recordingsで見つけたCD3、ハイドン:チェロ協奏曲第1番ハ長調Hob.VIIb:1 イギリス室内管弦楽団 ダニエル・バレンボイム指揮 1967年4月17&24日、No1 Studio, Abbey Road(1998年リマスター)を聴く。

オケのヴァイオリンは時に神経質な音が耳ざわりだが、デュ・プレのチェロは素晴らしい音質だ。古典的様式の美しさを保ちながら、伸び伸びと快活で明るい曲調に親しみを感じる。

②は同じく手持ちのバーンスタインのBOXセットから、1960年録音 NYフィル&レリ・グレスト(ソプラノ)盤を聴く。
4番はマーラーの比較的幸せな時代に書かれたものということからか、鬱屈した影や暗い負のエネルギーが纏わりつくことなく、また適当に短く、肩肘張らずに聴くことができる。

しかし第3楽章に入ると、この美しいストリングスはアナログで聴きたいという欲求にかられ、ㇾヴァイン指揮CSO演奏盤を取り出す。
ううむ。やはりアナログの音色が好ましい。それにしても不思議な終わり方のシンフォニーだ。

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そうこうしているうちに、スピーカー修理工房の親父さんから電話が入る。

Peavey Pro Riderに王座を譲ったD130をオーバーホウルに出したのだが、マグネットとコーン紙を繋ぐリード線の腐食と、マグネットの錆、センターずれの指摘を受け、修理をお願いしていたものが、完了したとの知らせ。

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オーバーホウルに旅立つときのD130。縛り上げられた姿に悲哀を感じる?

JBL愛を貫くワタシは、功労者D130をむざむざと打ち捨てるようなことは致しませんぞ。笑

しかし、我が家のD130は左chが8Ωで右が16Ωとインピーダンスが違っていた。両方とも初期ヴァージョンで同じような色あい、コンディションなので、ひょっとして最初からインピーダンス違いだったのかもしれない。O氏から「ネットワーク内の配線で075と並列にするか直列にするかでインピーダンスの調整は可能だったのでは?」というコメントをいただいた。

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確かに我家のApolloエンクロージャーとSPユニット双方にLとRの文字が書き込まれており、左右chでインピーダンス管理をしていたふしは認められるのだ。

そうすると、右chの075も16Ωということだろうか? こんど外して確かめてみよう。 16オームだとすると、今使っている3wayネットワークではどういう具合になるのだろう?

ああ、もう考えるのはやめた。取敢えず音が良ければよいのだ。笑

D130 2本は工房のオヤッさん曰く、こんな良いコンディションの初期ものは見たことない、ということで望外の評価をいただいた。

エンジニアのくせに口がうまいなあ。笑

こちらの工房は、以前ツィーター075の調整でお世話になったところで、うまい・速い・安いの三拍子が揃っているのだが、もちろん口の上手さでなく技術の巧さだ。

さて、しかしD130が帰還しても、復帰する場所はあるのだろうか?

そう、現行Peavey Pro Riderが仕切る3way Systemは自社比(いつもこれで逃げる(^^ゞ)最高のレベルで鳴っているのだ。

Popular Musicのベース・ドラム音の噴出が気持ちよすぎて、いつのまにか「音楽を聴かずに音を聴」いている。(-_-;)

Four playの"Four play"やSteely Dan"Gaucho"、FleetwoodMac "Rumours"など、まるでどこかのデモ試聴のようだ。

そしてElton John”Elton John"の”Take Me to the Pilot"の壮絶かつ爽快な再生音!エグすぎる。

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クラシカルでも、ヴァントがケルン放送響を振ったブルックナーの3番に圧倒された。豪にして野だが粗にあらず。
密度の濃い演奏に初めて聴き入った。

さあ、明日はコンセルトヘボウである。






# by windypapa | 2017-11-18 20:33 | オーディオ | Comments(0)

錦糸町でチャイコフスキーピアノ協奏曲第1番を聴く

先週末、10日はすみだトリフォニーホールに新日本フィルとピアニスト カティア・ブニアティシヴィリのコンサートを聴きに錦糸町へ出向く。

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駅前からスカイツリーを望む、の図。アサヒビールの金色のモニュメントといい、この不思議なものといい、墨田区のアイコンの一種なのか?  よくわからん。

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ラフマニノフ:交響詩「死の島」 op.29

Rachmaninov: Ostrov myortvikh (The Isle ofthe Dead), op. 29

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1 変ロ短調 op.23*

Tchaikovsky: Piano Concerto No. 1 in B-FlatMinor, op. 23 *

レーガー:ベックリンによる4つの音詩 op.128

Reger: 4Tondichtungen nach Arnold Böcklin(4Tone Poems after Arnold Böklin), op.128


というプログラム。


お目当ては可憐なピアニスト、カティア嬢。 (^^ゞ


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新日本フィルのHPから無断掲載。(-_-;) すげー美形。宗助さんが行くと聞き、直前に相乗りしたわけだが、1階2列目7番という至近席をゲット。


たはは、ジャニーズ系の追っかけ女子を笑えない、不埒なオヤジである。


それにしても墨田区の資産(だと勝手に思っている)のこのトリフォニーホール、素晴らしく立派である。東京の文化施設に不案内の僕は、恥ずかしくも初めての訪問なのであった。


客席は舞台に向かってなだらかなスロープを描くように傾斜がつけてあるのだが、客席自体が幾分舞台側に傾けて設置されているのであろうか、それとも両壁面に記されるラインと舞台の作る角度から生ずる錯覚なのか、舞台が水平に感じられず、奥が客席側に持ち上がって見えるので何か落ち着かない気分であった。


なんていってるうちに最初のプログラムが終わり、カティア嬢が艶やかに登場。


写真を見て、東欧風の可憐な美女を想像していたのだが、現れたのは陽に焼けた堂々たる体躯の美女。両肩も露わな裾の長いドレスを纏い、目の前を通ってにこやかにピアノに向かう。


うーむ、昔のアルゲリッチと言い、どうしてみんな若い時の写真で通そうとするのだろう・・・ってまあ、当たり前か。


勝手に抱いた華奢なイメージとは違ったものの、堂々たるといってもよい、存在感のあるピアニストだ。


やがて徐に振り下ろされた上岡さんのタクトのもと、壮大なテーマと共にピアノコンツェルトが始まった。


僕の席からは彼女の演奏姿の後ろ側しか見えないが、背筋を反って安定した体幹に支えられたその姿勢から、スタインウェイ&サンズを通して、驚くべき高速で音符が紡ぎ出されていく様が観察できた。


弾いている本人もゴージャスならば、プログラムもロシアの壮大な大地を思い起こさせる壮麗な曲なので、フレンチのフルコースにフルボディの赤ワインをいただくような満腹感に満たされるかと思いきや、楽曲そのものは意外とあっさり、僕の耳を右から左へと抜けていった。


オーケストラのコンサートを楽しんだというよりも、何か耳当たりの良い映画音楽をライブで聴いたような印象しか残らなかった。


なるほど、カティア嬢が叩きだすダイナミックなピアノの旋律に乗って、想像を超える速さでオケが突き進み、それでいて上岡さんが破綻なく全体をまとめる、というちょっとスリリングで最後はめでたしめでたしの展開ではあったのだが、なにか食い足りなさが残ったのは否めない。


このあたりは、聴く側の心のありようや耳の良し悪しも関係してくるので、あくまで素人の個人的感想に過ぎない(当たり前だな)が、やはりこの曲ではピアニストとオーケストラの丁々発止の渡り合い-あるときはバトルしあるときは融和する、個性と個性のぶつかりあい-を聴きたいというのが聴衆の気持ちではあるまいか。


そしてこの日の新日本フィルは、カティア嬢をよくサポートし、彼女の良いところを出そうと気を遣う姿勢こそ感じられたが、彼女のピアノと一度も対峙することなく、火花が散ることもなく、粛々と伴奏者のように曲を消化したのではなかったか。


トリフォニーホールにはこの日ついに一度もドニエプル河もウクライナの大地も姿を現さず、ただ上空を飛行する飛行機の窓から眺めるユーラシアの大地の広がりが感じられただけである。


あーあ、言っちゃった。素人の知ったかぶりで恥ずかし気もなく。許されよ。




# by windypapa | 2017-11-15 15:32 | 日々是好日 | Comments(1)

おやすみ、ジェイムズ

久しぶりに気持ちの良い晴天に恵まれた三連休は久しぶりに豚児どもが集結、犬と一緒になって夫婦の平穏な生活リズムをかき乱す。

そんな悪環境の中、時間を見つけて新しいウーファーの調整にかかる。

最初に気付いたのは、無音状態におけるその静けさだ。

・・・何も聞こえない。パワーアンプのSWは確かに入れたはずなのに。

いままで低いレベルながらも聞こえていた残留雑音が消えた!

ヴィンテージと気取って言いたいところだが、歴然と「古い」管球&トランジスタ増幅器を使用していることとトレードオフの関係で仕方なく受け入れていたノイズがキレイさっぱり消え失せた。

そして、音を出して感じたのは、予想通りの反応の良さと低域再生領域の拡大だ。

ただし、非常に敏捷で筋肉質な再生音が鳴ってはいるが、なにか線が細く、質量感を伴わない音だ。

確かにカール・ルイスが走っている。しかし僕が待っているのは100mを8秒台で駆け抜ける超人ハルクだ。(無茶苦茶だなあ)

D130は恣意的に逆相でつないでいたが、Peavey Pro Riderは正相でつなぐ。思案したのは中域・高域の175と075のつなぎ方で、最初はPeaveyだけ正相、他は逆相のままにしたのだが、再生音に違和感を感じるのですべて正相に戻した。

そのうえで、103dbあったD130と97dbのPeaveyの能率の差から生ずる中高域とのバランスを追い込んでいく。

4日の段階では、D130がショーンコネリーのJames Bond(男の色気、品格)なら、Pro Riderはダニエル・クレイグ(筋肉質・俊敏・冷酷非情)かな、ぐらいの試聴上の差しかなかった。

パワーアンプもML-3とWE271Aを交互につなぎ変え、手探りで相性を探す。

5日、ML-3で音を出しながらSPネットワークの中域のアッテネーターをさらに下げてボリュームを上げてみる。

ソースは確かコステロのNorthのWhen it singsだったかな。

ズズーン ときた。

川底をさらっているうちに光り輝く鉱石を見つけたときの気持ちがこれかもしれない。

いままでさらさらと流れていた小川に大電流が流れ込み、一気に奔流となって音が迸り出て来たかのようだ。

ショーンコネリーことJBが敵方から寝返った美女とともに徒手空拳でドクターノオに立ち向かうところ、ボンドが救援を頼んだ米英合同爆撃機師団が飛来し、重爆撃を始めたかのような変貌ぶりだ。

Jennifer Warnes "Hunter"、Joni Mitchelle "Travelogue" などいつもの試聴盤を再生していくと、音に滲みがないためだろう、鮮烈な立ち上がりと引き下がり?によって生み出される音像はシャープであり、しかも映画で言えばスクリーンが二回りも大きくなったような錯覚をもたらしてくれる。

今までよりぐっと高く屹立する音像が眼前に浮かび上がる。温度感は寧ろ平静で、冷静にどくどくと大電流を喰らっているかのようだ。

ようし、POPsの実力はわかった。Classical Musicはどうだ?

アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団×エマールのベートーヴェンピアノ協奏曲第2番第2楽章を再生する。

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その音の滑らかでしっとりとした肌触り、奥行き感に驚き、安堵する。

さらにアーノンクール×BPOのブラームス交響曲全集から第2番第3・4楽章を聴く。

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疾風怒濤。  ブラームスですぞ。  ワオ。

いままでこのCDは僕のシステムでは鳴りが芳しくなく、デッドストック化していたところだが、なんとまあ、音の粒立ちの美しく豊かなこと。宝の持ち腐れであった。

アーノンクールって古楽のイメージが強くて渋枯れ系に勝手に区分けしていたけど、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスを振ったモーツアルトの後期三大交響曲といい、結構過激にドッスーンとくるんだよね。

そのドッスーンをPro Riderは律儀に拾って、ブラームスの2番の先入観を打ち崩す。気持ちいい。

余勢を駆ってカラヤン・BPOの62年録音(ハイレゾリリース版)から交響曲第5番の第3・4楽章を聴き、津波のように屹立し迫りくる音像に身を晒す。

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もう脳内麻薬がフルに分泌され、陶酔状態だ。

いかれたオヤジだ。

とどめはBeatlesのハイレゾデータからAbbey Roadの裏側メドレーを聴く。脳内に轟くRingoのドラムス。あなたはジョン・ボーナムか?

さて、結論を出さねばならない。

ジェイムズ君、ありがとう。君の貢献は忘れない。

しかし少し身体を休める時が来たようだ。

James, Bonne nuit, so Long.

PV、いかれた名前だな。しかしこれから楽しもうぜ。

でも皆さん、僕はJBLサウンドの追求を放棄するわけじゃない。僕が考えるその本質を求めて、名を捨てても実を取るのだ。
かっかっか。

But believe me, I don't disappoint you. You'd say, "Jesus, Beautiful Liveliness !"
...Or, you'd rather say "Jesus, Bomber's Loudness !"

# by windypapa | 2017-11-06 11:19 | オーディオ | Comments(6)

晩秋

秋深し。

犬の散歩で寄った近所の古墳公園でのショット。

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丹沢山系に沈む夕日を眺める。

翌朝はやはり近所の大学構内で秋の便りを拾う。

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静謐で美しい時間を生きる。素晴らしいひととき。

なあ、相棒。

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うん?



# by windypapa | 2017-11-04 10:55 | 日々是好日 | Comments(0)

JBL危機一髪 

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僕が愛してやまないJBL Apollo。このシステムに対する信頼は一点の揺ぎもない。

しかし、何と言っても50年前のシステムであり、それなりの工夫・メンテナンスは必要だ。

先だっての3way化もその試みのひとつであったし、製品のフィロソフィの本質を残しながらも、思いついたことをどんどんトライしていくつもりだ。


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そういうことから、今回送り込まれたのがこの15"ウーファーだ。

Peavey 1508-08 Pro rider CU CPという。Mmsは100.5g、4インチヴォイスコイル、BL値は22.7と強力なもの。

推奨のエンクロージャー容積は42ℓ強と、アポロのエンクロージャーでも使えそうだ。再生領域は35Hz〜2kHzでD130より下に5Hz伸びる。
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重量は7.7kg、能率は97.5db、インピーダンスは8Ωである。

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ウーファー交換前のアポロ。


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交換後のアポロ。センターキャップが変わっただけでグッと強面の顔になる。

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交換時の様子

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交換前の全景

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交換後の全景

さあ、これから試聴と行こう。どんな音が出てくるか、お楽しみ。

# by windypapa | 2017-11-03 19:35 | オーディオ | Comments(0)

Goldmund Studio の受難

台風一過、東京は久しぶりの晴天なれど強風。昨年より10日早い木枯らし1番だそうな。

木枯らしに番号つけても、2番以降誰もカウントしないだろうに。

そういえば最寄りの駅への桜並木の葉がいつの間にか色づいていたな。

港区の都会っ子雀どもはといえば、まだ秋服のまま電線に止まる。


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空気が澄んで冬の予感が少し感じられるこの頃の天気は好ましいものだ。

今朝日の出前に見た東の空も、藍と朱がその境目に向けて徐々に淡くなりながら混じり合い、かつ朱色が放射状に指を広げるように伸びていた。

用を足したい犬が急かすので撮影は出来なかったが、頭の中の印画紙にしっかりと焼き付く美しい朝焼けであった。

さて、日曜日は降り続く雨のために自宅に籠りきりとなったが、おかげでじっくりとGoldmund Studioに取り組むことができた。

10月1日の記事http://windypapa.exblog.jp/28190010/でStudioが調子を取り戻したことを報告したけれど、さらに追い打ちをかけるべく、SPUで成功した札幌Moon Audio工房さんのリードワイヤーを取り入れようと画策したのだ。

10月29日の記事で紹介したように、今回取り寄せたのはSeiren 8というリード線で、工房の紹介によるとortofon 8N 0.46φ+ortofon 8N 0.18φ素線を鏡面仕上げ、複合撚線導体。音響用銀(SS-47)ハンダ使用。高品位なアナログ再生特有のトロリとした甘い響き、柔らかくほぐれた緻密で豊かな音色で、特に女性ボーカルは魅惑的!」ということになる。

Studioに装着したMLC-1は、SPUと比べてFlatバランスで、リニアトラッキングアームT-3の特徴と相俟って、アナログと思えない広大な音場感と明晰な再生音が持ち味だが、もうちょっと重心を下げソフトフォーカスにし、聴き疲れのしない音にしようというのが今回の狙いだ。

土曜日の夜はリード線付け替えのために晩酌も控えたというのに、使用前の試聴で聴いた最近の愛聴盤ロッシーニのスターバト・マーテル(日本盤DGG ジュリーニ指揮フィルハ-モニア管弦楽団)のあまりの素晴らしさに、そのまま全曲聴き入ってしまい、時間切れとなっていたのだ。

前夜の轍を踏まないために、事前の試聴は無しですぐにリードワイヤーの取り付け作業にかかる。

といっても、T3アームはシェル一体型で、アームから伸びたリード線を直接カートリッジの端子に接続する形式である。

従ってSeiren 8はT3アーム直出しリード線とカートリッジMLC-1の間に挟み込むことになる。

つまり、直出しリード線のチューリップ型端子にSeiren 8のシェル接続側端子を差込み、もう一方をMLC1の端子に接続する、という作業となる。

普通に考えて、接点は増えるは、髪の毛みたいなオリジナルのリード線に余計なテンションはかかるはで、良い要素は一つも見当たらない。まことStudioにとって受難以外の何物ではないが、思い込んだら試練の道を行くが男のど根性。明子姉ちゃん、見ててくれよ。  違う違う、脱線した。

で、その作業だが、手こずりました。なにせ老眼で小さいものが良く見えないところに持ってきて、シェル一体型のアームを取り外さずに作業するので無理なアングルを強いられる上に、髪の毛みたいな細いリード線を手繰り、しかも長さを持て余す新しいリード線をアームの挙動の邪魔にならない部分に納めなければならない。
余程のことがなければやるべきでないリスクの大きい作業であることは明瞭なのだ。

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向かって左側もリード線がはみ出している。


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テンション、かかっているなー 汗


以前カートリッジ交換の時にリード線と端子の接続が外れてしまい、泣きそうになりながら微細なはんだ付け作業を体をくねらせながらしたことを思い出し、冷や汗をかきながら苦闘すること1時間、ようやく連結に成功。ほっとして椅子にへたり込む。

呼吸を整え、いざ試聴。生贄はもちろんロッシーニのスターバト。

ん? SPUのときはスタイラスの着地とほぼ同時に変化が聴き取れたのだが、今回はちと勝手が違うようだ。

このあたりは何度も言うようにリニアトラッキングアームのキャラが強いということを頭に入れなければならない。

しかししばらく聴き進むうちに、オケの奥行き感が増していることに気付く。

さらに女性のアリアに製作者のコメントどおりの「艶」が乗ってきているようだ。

それではと、Studioと相性の悪いバーンスタイン指揮NYフィルのチャイ6番(米CBS盤)第3・4楽章を俎上に載せる。

SPU×Jazzで感じた低域の再生の伸びは顕著に表れず、3楽章は記憶通り寧ろ淡々と進んでいく。うーん、ちょっと期待しすぎたかなあ。

しかし第4楽章、僕が聴く音量ではいつも過大入力となるのか、クライマックスに向けての弦楽器のアンサンブルの「金属成分」が耳につき情感が殺がれる部分も、きっちり音楽として再生しているぞ。(変な褒め言葉だが、他に言いようがない)

たぶん、これまですべての楽器の音がフォルテシモに向かい混然一体となる中で、音量だけが大きく収拾つかぬままギャーギャー?鳴っていたオケの音が、今回は少し整理され、一つ一つの音が解されてでる方向に変わったのではないか。

次はバレンボイム指揮パリ管 ベルリオーズのこの盤のA面。

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この盤では明瞭に変化が現れた。今まで一列に並んでいたそれぞれの楽器の音色が主張を始め、オケの奥行きが深まり、全体で活き活きと音楽を奏で始めた!

クライマックスに向けてベルリオーズが仕掛けた音のメリーゴーラウンドのなんと愉しげなことよ。

そしてカラヤン指揮BPOのベートーベン交響曲第3番。


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神経を集中する第1楽章の最初の一音、息を詰めてトレース音に耳を澄ますと、弓矢を放つような弾性に満ちた「活きた」音が飛び出してきた!

この曲は最初の一音が命だよなあ、と知ったような事をつぶやきながら、凛と背筋が伸びたなかにもしなやかで若々しい息吹を感じる音が繰り広げられていくのに耳を傾ける。

うん、これは音の素性が良い。聴き疲れしないナチュラルな響きだ。

これで低音の威力が増したらいうことないが、すべてをリード線に委ねるのは無責任というもの。ちっとは工夫をしてみなくちゃね。

かくしてStudio T3アームへの異物混入事件、もといOrtofon 8Nリードワイヤー挿入作戦は成功。

雨で散歩に行けず不満顔の犬とは対照的に破顔一笑の主人であった。



# by windypapa | 2017-10-30 16:31 | オーディオ | Comments(4)

ミューザに舞い降りたミューズ

昨日はフラッグフットボールの練習が中止になったため、直前に買い求めたチケットで東京交響楽団の定期公演をミューザに聴きに出かけた。

Daniel Bjarnason(ダニエル・ビャルナソン)指揮 
Blow Bright (D. Bjarnason作曲)
ショスタコーヴィチ ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調 Vn. 神尾真由子
リムスキー・コルサコフ シェエラザード

というプログラムだ。アイスランドの指揮者・作曲家、ダニエル・ビャルナソンは本邦初お目見得ということだが、長身痩躯で苦味走った顔はなかなかカッコイイ御仁だ。

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それにしてもこのミューザ川崎、来る度に音響の良さを再認識させられる、素晴らしい響きのホールだ。

オケが入る前、客席が半分ほど埋まった状態で感じるアコースティクからしてまず心地よい。

そしてメンバーが入場し、オーボエに合わせてチューニングするA音の響きで確信する。紛れもないミューザの音、またこの極上の音質を体験できるのだ。

比較的小柄な指揮者を見慣れている中で、異質のサイズのビャルナソンが登壇し、徐ろに始めた自身作曲のBlow Bright。

Program Noteによると、「タイトルはイギリスの詩人フィリップ・ラーキン(1925〜1985)の詩集「北船」収録の詩「夜ー音楽」の最終連に由来するもので、ビャルナソンの創作感を表す」ものだそうだ。

And in their blazing solitude              その燃えたつ孤独のなか
The stars sang in their sockets            星たちが燭台にともって
through the night                   夜通し歌った 
'Blow bright, blow bright                明るく熾せ、明るく熾せ、
The coal of this unquickened world'        この生気なき世界の炭を     
訳 なかにしけふこ

theirとは詩の主人公、夜風にざわめく黒いポプラの木々。

楽曲は凛とした冷気を帯びた空気の中に、マリンバ、ヴィヴラフォンをはじめとする打楽器の生気に満ちた響きがこだまし、時にダイナミックな、時に内省的な詩的音場を展開するもので、興味深い楽曲であった。

一曲目への拍手が収まり、金モールをあしらった真紅のドレスを纏うゴージャスな神尾さんが登場すると、一気に舞台が華やいだ。

ショスタコのヴァイオリン協奏曲#1は初めて聞く曲だったのだが、第1楽章はいつもの「ショスタコ節」で、僕にとっては「やれやれ」の展開。仕方なく美しい神尾さんの演奏姿を追っていたのだが、ホールの響きの良さとミューズの姿に分泌された脳内睡眠麻薬で第2楽章は朦朧としてしまった。
しかし第3楽章から曲調は一変、交響曲レニングラードを彷彿させる展開を見せ、神尾さんの超絶技巧を駆使したカデンツアに突入する。

これは凄い。ミューズの姿を纏っていた神尾さんが今や阿修羅もかくやとばかりストラディバリウスを弾きまくり、ストラディもまるでそれ自体が生命を持った生き物のようにのたうち回り叫び声をあげ歌いまくる、なんとも超絶なスペクタクルとなった。

楽曲はそのまま最終楽章になだれ込み、大団円を迎えるが、ショスタコーヴィチの「前のめり」の圧迫感の中で「咆哮」する阿修羅のごときストラディバリウスの手に汗握るバトルと融合が、素晴らしい演奏となって結実したように思う。

そして聴衆の拍手に引き出され、アンコール演奏されたのは、パガニーニの24のカプリースから最終曲クワジ・プレスト。

ショスタコーヴィチの協奏曲からのテンションを保ったまま、超絶的、悪魔的な演奏で圧倒する。まるでRed dressed Devil。

まさに圧巻、ブラボーであった。

この日の楽しみはシェエラザードだったのだけど、このショスタコーヴィチを聴いてしまうと、生半可な感想しか書き記すことはできないので今日はやめておこう。

東京交響楽団、素晴らしいパフォーマンスであった。

帰りに入院中の母を見舞い、帰宅するとこんなものが届いていた。

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先だっての謎のリード線"Jazz"に味をしめてMoon Audio工房さんに発注した"Seiren"が遠路はるばる到着したのだ。ほほほ。

つづく(たぶん)





# by windypapa | 2017-10-29 09:31 | music | Comments(0)

Digital Heritage

久々の好天。

今日はベイエリアに出かけ、こんな映画的な空間を体験した。

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無停電電源装置を備える、巨大なディジタルの記録庫だ。

建物に入ると空気圧が変わり、独特の閉塞感を感じる。

入口から受付カウンターまで100mほど、写真のようなモニュメントもどきの通路が続く。

数百年、数千年後に遺跡として残ったとき、その時代の人々はどう解釈するのだろうか。神殿遺跡? 古墳?

現在の用を済ませた後は、共同墓地にでもすればよい。

こんなところで眠り続けるのもまた一興。



# by windypapa | 2017-10-26 20:26 | 日々是好日 | Comments(0)

嵐の週末

なんとも歯痒い思いの残る総選挙の結果であったが、棄権も含めてこれが「国民の選択」ならば致し方ない。

冷静に考えれば、現在の野党党首に首相の大任を全うする器は求めようもなく、経済政策・外交等の舵取りは実績を含めて安倍さんに委ねるのが妥当であることは認めざるを得ない。

ただ我慢ならなかったのは、憲法9条改定への執着と、それを達成するために辿るであろう数を頼りの強引な国会運営の予感である。

しかし選挙の開票速報を伝えるTV各局の番組に映る安倍総裁の顔色は思いのほか晴れず、寧ろ冴えないと言っても過言でなく見えた。

一昔前のドメスティックな宰相とは違い、海外日程を精力的にこなし、そのうえで衆院総選挙を率いた疲労が覆うべくもなく滲み出ていた。

また都議選とは違う逆風に恵まれたことも、敵失が功を奏した部分もあり、あらためて移り気なポピュリズム民主主義の綱一本の上に立つことを実感したことだろう。

安倍首相にとって僕が望んだ三方ケ原の戦いとはならなかったが、北朝鮮からの風が続かねば憲法9条改定シナリオも容易ではないことをあらためて認識したのではなかろうか。

政治・宗教に関する話は基本書かないことにしているが、今回は特別大目に見てもらおう。

一方、単純に勝った負けたをヨロコべるNFLでは、なんとベアーズがパンサーズを下して連勝!3勝目を挙げた。ウオー!

スタッツを見ると、パンサーズの獲得ヤード293に対してベアーズは153yds、1st Down獲得数に至っては20対5と圧倒され、よくこれで勝てたなと感心させられるが、パスインターセプト2回、ファンブルリカバー1回と3回のTurn Overで勝利を手繰り寄せたことが読み取れる。

*追伸
ダイジェスト版を見てまた驚いた。アラバマ大出身のルーキーFree SafetyのEddie JacksonがFumble recover Touch DownにIntercept Touch DownのBig Play 2発をやってのけている! そのボールを奪いに来る動作といい、奪取後の果敢な走りと言い、さながら鷹が獲物をさらっていく様だ。What a guy ! とんでもない奴が現れたぞ!

まさにベアーズディフェンスの復活だ。

NFC北地区では相変わらず最下位に沈むが、勝ち数では3位ライオンズに並んだぞ。プレイオフも夢じゃない。イエイ!

日頃冷ややかな目で見るファン・サポーター心理を、何の躊躇いもなく踏襲する愚かなワタシ。

日本の大学フットボールでも贔屓チームが豪雨の中で全勝を守ったそうだ。応援に行けずにm(__)m。


さて、フットボールの応援にもいかず、家の中でワタシは何をしていたのか?

我家のアナログ再生環境にもたらされた驚くべき変化の検証に没頭していたのである。

また大袈裟な。

いやいや、ホンマのことですねん。と意味もなく怪しい関西弁。

前々回に触れたSPU-Gの復活に関し、さらに高みを望み、ヤフオクに出品されていた札幌のMoon Audio工房が製作するリード線を入手したのだ。

その名は「Jazz」といい、同社の説明を借りれば、「高純度ortofon 7N + Tara Labs 8N銅 導体断面積0.38mm2/素線数33本 取り扱い易くスピード感に満ちたピュアな音質、抜群のハイCPベストセラーモデル!」ということになる。

リード線で音が変わるというのはオーディオ雑誌の記事でもよく目にするが、そうした雑誌の常として物事を針小棒大に伝える傾向が無きにしも非ずで、確かに音は変わるだろうが「激変」などの表現は笑止千万とばかり、手を付けるにしてもプライオリティは下位と決めていたのだ。

しかしSPUの表現力向上という命題を背負い、何かきっかけをつかめればと思い、値段にも魅かれて入手したという経緯だが、あまり期待してもなあと1週間ほど手つかずで置いていたのだ。

とはいっても低気圧と台風で封じ込められた週末を逃してはならじと、21日の土曜日の午前中、重い腰を上げてリード線交換をしてみたというわけだ。

久しぶりのリード線の交換、これが結構手こずってしまった。オルトフォンSPU-Gのシェル側の端子は中央に立つ十字型断面のプラスティック製の柱に仕切られていて、ピンセットの先も入らない。リード線側のメス端子の穴を少し広げて苦労して押し込むことに成功したが、ピンセットで押し込む際に被膜の一部が裂けるなど、不細工な仕上がりになってしまった。

ま、蓋を閉めればわからない。♪

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左に安置されているのが交換前のもの。武蔵野フォンさんで交換されたものだ。フェラーリレッドが黒いシェルに映えていたが、僕の貪欲を満たすことはできなかった。

さて早速SME3012に取りつけて試聴しよう。

まずは一枚でいろいろな楽曲が聴ける映画Amadeusのサントラ盤から。

ピアノ協奏曲 第22番 変ホ長調より 第3楽章(W.A.モーツァルト)
フィガロの結婚より第3幕「ああ、花嫁の行列だ」
同 「ああ、これで一同みな満足」

何度か書いているが、僕はこういうとき変化を聴き分けるのが遅い。鈍い耳の持ち主だ。

したがって、何枚かVinylを聴いたのちに、じんわりと変化を感じ取る方向なのだが、このときはそんな
鈍い耳にもはっきりと変化が感じ取られた。

音が饒舌になった(音数が多い)。 低域の再生域が広がった。 音がVividになり、Energyが宿った。 
音場に奥行きが増した。

試聴感を文字にするとこんなところだが、衝撃は大きい。

続けていつも聞くMozart, Beethoven、Brahmsのアルバムを聴いていく。

もう心の中は浮き立つ気持ちでいっぱいだ。もっと聴き続けたかったが、その日はN響の公演日だったので
代々木に向かった。

N響の公演を聴いて帰宅後、再びアンプに灯を入れる。

以前やってこれ(公演後にオーディオを聴くこと)をやってはダメと戒めていたのだが、誘惑に抗えない。

しかも大胆にもBrahmsの2番を聴く。そう、BPOダイレクトカッティングのアレだ。

N響の残響音を排除しても拭いきれない香りが蝸牛に残る中、しかしその夜聴いた第2番は、僕の心に染み入る、
アナログマニア冥利に尽きる再生となったのだ。

今までよりWidth, Depthともに広がるSound stageにVividに展開される音の粒たちの舞に、脳内に
エンドルフィンが気前よく分泌され、心地よい酔いに落ちたのだ。

翌日曜日、午前中に投票やら犬の躾け教室やらを片づけて、午後は地下に籠って前日の音が露と消えていないかを
検証する。

よくあるんだよね、幸福が跡形もなく消えることって。

しかし神様は僕を見捨てていなかった。笑

再び分泌されたエンドルフィンに任せて、次々とプラッターに載せていったのは、へヴィローテーション盤を除いては
こんなVinylたち。

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若き日のマゼールがNew Philharmonia響を振った展覧会の絵。4ch録音盤ということで、素晴らしい高音質。

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かつてのへヴィロテ盤。国内盤だがチューリップの円周レーベル。ピアノの音色の深みに新リード線の面目躍如。素晴らしい。


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普段は3楽章以降のギミックを味わう外道マニアなのだが、この日はじっくりと1楽章から通しで耳を傾ける。
美しくも儚い弦のアンサンブルが部屋を満たす何ともいえぬ心地の第2楽章を聴け。そして第3楽章からのパイプオルガンの
咆哮と壮大なオーケストラの音絵巻を堪能する。
深みと広がり、楽器一つ一つの表現、すべてが違う。

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口直しに若き日のジョニ・ミッチェルのLiveを聴こう。彼女のギターは、やや硬く高域にシフトして聞えて、それは
変則チューニングによるものと考えていたが、ようやくナチュラルに定位し誤解が氷解した。

聴衆の掛け声が飛ぶライブ会場の広がりは、70年代のヒッピームーヴメントが残る会場にワープしたような感覚だ。

次から次へ、ヴィニルを棚から選び、スリーヴから取り出して堅く絞ったガーゼで埃を取ってプラッターに載せていく。

吹けよ風、呼べよ嵐。僕はここでVinylを聴く。




# by windypapa | 2017-10-23 10:39 | オーディオ | Comments(0)

雨の日はブラームスの調べ

毎日雨でイヤでござんすねえ。

だからと言って、こんな天気になるとはつゆ知らず購入したチケットを無駄にはできない。

N響定期公演、エッシェンバッハ指揮ブラームスの交響曲3番と2番を聴きに、雨の中渋谷の雑踏を抜けNHKホールへ向かう。

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学生時代に毎日彷徨いた街も様変わりで、今では何かよそよそしい気配。

あの当時はPARCOに109に百貨店が牽引し、そこいらの路地からまだ荒削りのブンカが湯気を出して沸き立っているようだったけど、今は洗練され適度に前衛なピカピカの「出来合いのもの」に街が覆われてしまっているようだ。

ああ、いけない。またオヤジの決めつけの繰り言が始まっちまう。今日話すことはそんなことじゃない。

昔からピカピカだった公園通りをだらだら上ってNHKホールへ向かうと、こんな天気でも同じ目的の人たちが大勢集まってきている。

なんだか嬉しくなるじゃありませんか。ご同輩。

前回は一体いつ来たんだっけと思い返すも、てんで記憶が蘇らない今日この頃だが、まあいい、今日はゆっくりとエッシェンバッハさんのブラームスを堪能しようじゃあないか。

空気の質量が増し木の葉の色が深まる頃、なぜかプラッターの上に載る頻度が上がるブラームス。

イジイジと優柔不断なところが嫌い、と仰る向きもおられようが、ただ情緒的に聴きたいものを選ぶ僕にとっては季節の風物詩とでも言えようか。

特にこの1年はお気に入りランキング入りの交響曲第2番が今日のお楽しみ。

そんな気持ちを見透かすように、プログラムも最初に3番、後半が2番、という構成だ。うーん、なかなかわかっているなあ。

ホールのシートに座って全体を見渡すと、いかにもコンクリートの構造物という匂いが漂ってくるが、1972年の竣工ならばさもありなん。万博の後、まだ日本全国に槌音が轟いていた頃の建造物だ。

指定された席はCの18列という名ばかり1階席の一番どん詰まりで、聞こえてくる音は左手に第1Vn、右手に第2…というレベルでなく、恐ろしく広がりの良いモノラル音となるわけだが(因みに本日のN響は対向配置)、管楽器の音はストレートに届いてくるのに対して、弦楽器は果たせるかな、やや痩せて聞こえてくるのは、しかし距離だけの問題でなく、ホールの造りからくる宿命のようにも感じられる。

そのためもあってか、この日好印象を持ったのはN響の木管・金管の演奏で、特に第1ホルンの出来は見事であった。まさにヴィルティオーゾ!

その他ホーンセクション諸兄も素晴らしい演奏で楽曲に豊かな表情をつけて楽しませてくれた。

惜しむらくは先述のように弦楽器の音量が控えめに届くので、オケ全体のうねりとかgroove感とかそういったものが希薄に感じられてしまったことだが、このホールでそれを望むならもっと良い席を求めるしかないのだろう。

はじめに演奏した交響曲3番の第3楽章くらいからオケに生まれた「モメンタム」は、休憩を挟んでも消えることなくホールに宿り、第2番の演奏、特に3〜4楽章では素晴らしい高みに連れていってくれたことは特筆すべきだろう。

3番終了後はかからなかった「ブラボー」の声も2番終了後は待ってましたとばかりに浴びせかけられ、それはとても僕の気持ちにもしっくり来る、聴衆全体としての総意であったと思う。

先日ミューザ川崎で聴いた日本フィルといい、N響といい、こんな素晴らしいオーケストラの演奏に定期的に触れる幸運に恵まれていることを改めてありがたく思う。

終演後、すっかり日も暮れた代々木の街を家人とともに代々木八幡まで歩き、小田急線で帰路に就いた。

犬が待ってる、はよ帰ろう。








# by windypapa | 2017-10-21 19:52 | music | Comments(0)

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