昨日、不思議な人がオフィスを訪ねてきた。
どうしても今日中(昨日中)に連絡を取りたいところがあるが、日本に電話番号を置いてきたのでわからない。ついては私にその番号を調べて欲しい、ということだ。

私は電話会社でもないし、番号検索の会社でもなく、よろず相談の看板も掲げていないが、客商いは生業なので、相談に乗った。

韓国から日本の104にはつながらないので、私が日本側の誰かに頼み、調べたものを聞き出して欲しい、ということだが、個人情報に関わる情報を提供することは出来ないのでその旨お断りする。自分の知り合いに頼めば良さそうなものだが、身寄りが無く頼める知己が日本にいない、とおっしゃる。

困りましたね、どういう方をお探しですかと尋ねてみると、ペットショップだという。
旅行に出る時ペットを預けたショップに、帰国が1日遅れる旨どうしても連絡を入れたい、ということだ。

それならウェブサイトで検索してみましょう、と言ってショップ名と町の名前を入れるとすぐにヒットし、「PCはどうも苦手で」という彼も驚きメモを取り、喜々として帰っていかれた。

初老の方だったが、話し方がぎこちなく、整理して話すことに慣れておられない様子が、用件とともに何故か引っかかった。

この日は折からの寒さで風邪をひき、鼻水が止まらないので終業時間を待って帰宅し、簡単な食事を済ませてお茶を飲んでいると妻から携帯に連絡が入った。

WINDY TENGOKU HE IKIMASHITA

私の携帯は日本語非対応なので、妻との会話はローマ字である。

えっ?



WINDYとは私の愛するゴールデンリトリーバー犬で、今年8月に満13歳となるはずだった。
一緒にシカゴの四季も楽しみ、そこに彼女がいるだけで私たちは穏やかな気持ちになり、ささくれた感情も癒されたものだった。
元気がよく、土日には私のジョギングのお供をし、愛想を振りまいたが、夏など暑くて気が乗らないと、その場に座り込んで動かなくなるなど駄々をこねることもあったっけ。

人間の感情の動きを敏感に察する犬で、反抗期の子供と私の間が険悪な雲行きになるや、すかさず間に割り込んで前脚を私に預け、必死になだめにかかったり、妻が子供に雷を落とす状況になると、さっさとケージの中に退散してフーッとため息をつくなど、犬とは思えぬ所作を見せてくれた。

名前の割に雷や強風、花火の音が大嫌いで、そんな音がすると散歩の途中でも踵を返して家に戻り、ケージの中に丸まって震えていた。一晩中続くシカゴのLightningには肝を冷やし、朝げっそりした顔で立て篭ったランドリールームから出てきたものだった。

最近少し弱ってきていたので、年末年始に帰国した折にはベッドにのせて一緒に眠り、アイコンタクトの会話を楽しんだ。
ほんの近所しか行かなくなっていた散歩も、久々に私と妻とそろって出掛けると、元気なところを見せようとしたのか、昔の散歩ルートまで足を伸ばし、安心させてくれた。
しかし私が帰国して3日目くらいになると、目に見えて体力が衰え、家の階段の上り下りも苦労するようになり、食欲も落ち、眠って過ごす時間が多くなった。

火・水・木と勤めに出る妻が木曜の昨日帰宅するとWindyがいつにもまして弱っている様子なので、近くの動物病院に連れて行ったところ、血液検査は異常ないが、X線検査で肺炎が判明。酸素を吸入してもらったが、入院するよりも家で(最期を)迎えた方が良いでしょう、という診断で帰宅することに。

診察前は病院の階段も自分で登り診察台にも自力で飛び乗ったWINDYだったが、医師の話を聞いたからか、帰りは急にぐったりし、息子に抱きかかえられるように帰宅し、間もなく息を引き取ったとのこと。

おそらく自分の死期を悟っていたのだろう。帰国した私には気丈なところを見せ、妻の体が空く木曜日まで最後の力を振り絞っていたのだろうと思う。そんなことまで犬が考える訳がないと思われるかもしれないが、犬と生活を共にした方なら分かってもらえると思う。犬は僕たちの考えることなどちゃんと分かっているのだ。

最期までまったく家族に迷惑をかけないあっぱれな死に際であった。

風邪とWINDYのおかげでティッシュペーパーが空になる。


この件についてコメントをいただくかもしれませんが、ちょっと返信は困難な心情的コンディションなので予めお断りしておきます。

年始に一人で伊勢佐木町に出て、有隣堂をぶらぶらして書籍を求めた。
子供の頃、おふくろが松坂屋あたりで買い物している間、親父とオイラは有隣堂やヤマギワ電気で時間をつぶしたもんだが、今残っているのは有隣堂だけなんだな。
当時はえらく大きな書店だと感じていたが、今行くと昔程大きくは感じない。そう、よくある話だけどね。でも懐かしいよ。
求めた本は写真の「小沢征爾さんと、音楽について話をする」と「大人のための音感トレーニング本」(リットーミュージック)。2冊目のチョイスは何考えてんだか、てとこだけど、読むとなかなか興味深い。両方とも読み終えていないけど、「小沢征爾さん〜」はもう予想通りというか、予想を超えて面白い。教養本というより、読み進んでページを繰るのもワクワクする、そんな感じの本だ。

その日は有隣堂を出るとちょうど昼時だったので、天吉の天丼でも喰らおうかと思ったけど、伊勢佐木町の桃山っていう昔ながらの洋食屋が目に入ったのでそこでハンバーグランチを食す。還暦を過ぎた年格好の女主人がてきぱきと客さばきをして、気持ちがよい。手製ソースのコクもなかなかのもの。こんな店が残っているところがまだまだ伊勢佐木町、捨てたもんでない。
なんて感心してたら路地で立ちションするおっさん発見。こらこら、こんなところまで昔のままで残さなくても・・・。

でもって次の角まで来たら、映画館発見。ちょうど幕末太陽伝がかかっている。うーん、どこかの人気ブログで取り上げてたなあ。本当は桜木町でMIシリーズ最新作でも見ようかと思っていたけど、方針変更でフランキー堺のフットワークとしゃベくりを楽しむ。

いやあ、よかった。こんな痛快なテンポの日本映画もあったんだね。などと門外漢ならではのとぼけた感想を一人ごちつつ、職場の土産を買いに横浜駅方面に戻ったのでした。

巻き戻して時は1月7日にもどる。先ほどの人気ブログで見せしめになっている意趣返し(笑 に、一人飯で天麩羅そばを作る。といっても天麩羅はアパートの隣のスーパーで買ってきた出来合いのもの。しかし画面上から海老・烏賊・蛸の海鮮3巨頭の天麩羅だい。3つならべりゃまるでキングギドラの頭のようじゃないか。
・・・というわけでゴジラ殿に対抗・・というしょぼいくだり。


そうそう、肝心のDACはどうかって?
一言で言うなら、器が大きくなった。絵で言えば額縁が大きくなった。といっても音像が単にでかくなったという意味じゃない。再生能力を計る容れ物としての器のことだ。

いままで小さくまとまっていた音符達の戒めが解けて活き活きと躍動が始まった。

上手く再生出来なかったCD、例えばDvorak「弦楽セレナーデ」ミュンフン指揮Viener Philharmonikerやジョニミッチェル「Travelogue」が、「今までのことはなかったことにしよう」と言わんばかりに、盛大にご機嫌に鳴り始めた。
TravelogueのSlouching towards Bethlehemみたいな大仰な曲を、こんなちっぽけなKRKで鳴らしきってしまう底力を確認して、ふうっと溜息が出た。

それともうひとつ、今まで気になっていた断続的なノイズが解消された。嘘みたいだが、本当の話。剥き出しで使っていたDDC基板とか、やっぱり影響していたのかなあ。
それにDDC基板を駆動していた電池の充電を心配しなくて良くなった。ものぐさの僕にとって、結構大きいポイント。

ところでCDってこんなに良い音だったっけ?
今頃何だけど、明けましておめでとうございます。

正月は横浜で過ごしてきた。
でもって久しぶりにJBLサウンドを聴く。

ぐっと来る。

釜山で小型スピーカーを鳴らしていたストイックさが、消し飛んだ。

なんだろうね。
部屋の大きさもあるんだろうけど、JBLの音がナイアガラ瀑布のように目の前に立ちはだかる。
部屋が音で満たされる、圧倒的な幸福感。

音源はアナログディスクのみ。
最初はイヤイヤしていたムンドのStudioも、電流が行き渡るにつれ、「元カレ」にすり寄ってくる。
ここのところPCオーディオばっかりで忘れかけていた、アナログの作法。
音盤の細かな溝から物理的に音を探り出すという「儀式」に、あらためて特別な精神的なものを感じてしまう。

失われる時間とのダイアログ。

そしてまた海峡を渡る。


補強した強力な戦力を携えて。
JBLの音のインパクトに当てられ、KRKの音出しは憚られるはずだったが、新戦力の実力を早く知りたい気持ちに屈する。

湯島の団体の知己によるハンドクラフトの一品。


phasetech UDIF搭載の藤原基板によるDAC。

O氏の作り出す音は例会で証明済み。期待が高まる。
でもタイトルマッチの前に計量が必要だね。カメラの前でいっぺん脱いでみて。なーんて。

出てきた音と来たら。
英国ハイエンドオーディオ機器に使用されたDACチップ使用で、英国風の端正で渋い音が出る、というふれこみであったが、なるほど、深いなあ。
ついにKRKのミニマムオーディオでクラシカルミュージックを心から楽しむことが実現された。

こいつは春から縁起がいいぜえー。

12月の朝7時はこんな具合だ。横浜と比べると1時間ほど遅く陽が昇る。きんと澄み渡った空気。美しい朝焼け。

遅ればせながらHD TrackからダウンロードしたJackson Brown "Running on Empty"
20歳になるかならないかの頃の愛張盤。ロードムービーを思い起させる叙情溢れる曲とBrownの歌声、そして泣かせるDavid LindleyのSlide Guitarに紅顔の青年はハマりました。そんな純情な青年も今や「人生下り坂最高!」に共鳴するお父さん。今更なあ〜、音質的にどうってことのない普通のアルバムだったから、ノスタルジーだけでポチってもなあ〜。

なーんて思いながらダウンロードして、1曲目を聞いてびっくり!
オープニングの、LIVEならではの空気感、そして僅かなスティックカウントの後、叩き出される最初の音の力強さときたら!

ギターが弾き出す中低域のビートが部屋一杯に広がり、気持ちが一気に前のめりになってLIVE会場に引き込まれる。最後の"Stay"まで、青年に戻ったかのように?まるで一気駆けに聴いてしまう。

これは当時ワーナーパイオニアの円盤には収められていなかった音だ。これが本質だったのか?なんという不覚。30年以上たばかられていた。にっくきワーナー(パイオニア)、なんとしよう。
皆さん、これは一聴の価値ありですぞ。

さてさて、それはそれとして、今日はオーディオ・チングとミーティング。件のWestern布教者である李さんと、野次馬キムさんと一緒に真空管アンプビルダーのムンさんの工房を訪ね、we271aアンプのレイアウトを決めようって次第。ヒータートランスが巻けたからって招集がかかったのだ。

僕は最初、重量的にも容積的にも一番巨大な電源トランスをシャーシ中央に配し、その前に高さを合わせるように主役のwe271aを配置するプランを提案したが、ムンさんはそのレイアウトではハムを拾う可能性があると却下。ご覧のように電源トランス・ヒータートランス・出力トランスを順に並べて前面にバルブを顔見世する配置が推奨される。
うーむ、オーソドックスで面白みがないが、理詰め?で来られると納得してしまう。わかった、譲るところは譲りましょう。アルゲッスムニダ。


さてシャーシのカラーは何としよう?
チングは「ビンテージ」らしく、写真の軍用色を薦めるが、WesternやらVintageやらにpriorityを置かないオイラは、迷わずBLACKを指定。しかもFLATなBlackでない、梨地表面仕上げのBLACKを指定する。さらに軍用色の電源トランスとチョークも黒でペイントすることを提案し、チング達を困惑させてみる。
「ビンテージの味わいが台無し」と言いたげなチングに悪いが、ここは譲れないところ。折角アンプを誂えるのだから、自分で納得する姿にしなければ意味がない。

というわけで、カラーは自分の主張を通し、上機嫌で皆で昼飯を食べにヘウンデに繰り出す。
今日は趣向を替えて北京ダックで爆弾酒を飲むのだ。
かくしてクリスマスと言うのに、昼からほろ酔い気分。

ああ、食べ過ぎた。
昨夜は釜山で最古の中央教会で行われたパイプオルガンのコンサートを聴きに行った。

演奏はソンテジュさん。美形でした。曲目は1.Hugo Distler "Orgelpartita Nun komm, der Heiden Heiland" 2.J.S.Bach"Nun Komm der Heiden Heikland BWV659", Olivier Messiaen "Messe de la Pentecote", Frantz List "
Variationen uber den Basso continuo Weinen, Klagen, Sorgen, Zagen"
バッハとリスト以外の二人は当然知らない。20世紀の作曲家だそうだ。
正直な話、音楽を聞くより音を聴いていた。恥ずかしながら初めて生で聴くパイプオルガン。素晴らしい音だった。特に低域表現に耳が傾いてしまうのは悲しい性か。楽曲的にはリストの最終楽章が印象に残る。所謂「許し」の音楽。「和解」の旋律。気持ちが一段の高みに導かれる音楽であった。あーあ、気持ちよかった。

珈琲豆が切れたので会社の魅力的なアジュマに教えてもらった珈琲豆専門販売店で豆を求める。なかなかハイセンスなパッケージ。明朝の珈琲が楽しみだ。
早いもので今年ももう師走ですな。
忘年会4連荘ウィークも時節柄サクッと終了、体調を維持したまま週末に。息つく暇なく、またオーディオ「チング」から呼び出しがかかる。
Western伝道に情熱を燃やす彼からいろいろと企画を持ちかけられ、のらりくらりと曖昧にかわしていたのだが、今日は新しく組むアンプの「衣装合わせ」ならぬ主要パーツの吟味及び選考会に立ち会わされた。メインは主砲WE271a。主人はコレクションの中から刻印で型名が記される2本を取り出し、鼻をうごめかす。同じ271aでもプリントのモノとは違う、と言いたいらしい。いや、はっきりそう言っていた。そんな話、アタシには「念仏」なんだが・・・
しかし堂々たる体躯ですな。確かにいい音が出そうな面構え。

でもって、アンプビルダーのムンさんが来て役者が揃ったところで初段、ドライバー段の管球と整流管の選考に移る。
初段はwe102F、ドライバー段がwe101Fまではすんなり決まったが、整流管もWEを主張するムンさんと適当なWE整流管が手元にない伝道師の主人の間でしばらくディスカッションが続き、こちらが飽きてきたところで何やら暫定球を決めていたが、えーっと名前忘れた。
それで関係者一同記念写真。(右端はわざわざヌードで登場した出力トランスのパートリッジ嬢。本番ではお洋服を適当に誂えるそうな。)

次はその他トランス類選定会。+B電圧を400Vかける想定で電源トランスを選び出す。102F, 101Fのヒーター2.5V と271aの5Vの面倒も見れるように配慮すると、なかなか見つからない。と、主人がトランスの山の中から見つけ出してきた。クソデカイ一品、いやモノラル構成なので2品というべきか。いやあ、重い!迂闊に片手で持ち上がんないよ、これ。ミリタリースペックとのこと。
そしてチョーク君登場。パートリッジ嬢は華奢ですな。

コンデンサー、真空管ソケット、トグルスィッチ、配線ケーブルまでオリジナルのパーツに拘り、ようやく鳩首会談終了。ふう、どの世界も主張を曲げず、拘りを通すことは大変なことですな。

珍島犬チャンのお見送り(わんわん吠えること!)を受けて昼飯に出掛けるところ。「ムルフェ」という平目の刺身と大根、野菜と韓国海苔が盛られた椀にオレンジ色のソースをかけて食す。フム。
かくて師走の1日は過ぎていく。(プロジェクトは続く・・・と思う。)
韓国の人たちの気質の一つに「世話好き」がある。知り合ったばかりでも、心を開き、何かと世話を焼いてくれる人の多いこと!日本でも田舎のおじさん、おばさんや下町の人達にそうした美徳は残っているが、こちらでは困っている人を助ける利他の精神が社会に息づいている。(もっとも、都市化が進むソウルなどでは若者中心に利己的な考え方が広まりつつあるとも聞くが・・・)
そうしたバックグラウンドがあってか韓国の人たちはすぐに友達を作る。あるいは出会った人を友達(チング)と呼ぶ。そんな私のオーディオ・チングに先の日曜日の朝、電話を入れてこう言った。
「PC Audioでclassic musicを聴きたいんだけど、よいプリで今使っていないもの、ない?」

そう、Voyage MPDの導入で我が家の簡易システムにclassical music再生のポテンシャルを見出したところまではよかったのだが、popsやrockを聞いているときは気にならなかったノイズが気になりだしたのだ。

周期的に混入してくるジーッという不機嫌なノイズは、preamplifierを外してDAC=Powered SPを直接接続することで遮断は出来るのだが、DACには音量調整機能が無く、SP裏のVolumeは米粒のように小さくて使い勝手が甚だ悪い。なによりプリを外すと音楽の「質感」が大いに削がれてしまう。
ML-7を中心に据えたままノイズを排除しようとすると重たいクリーン電源などを揃える必要もあり、ノイズ対策にも効くかもしれない出力トランス方式のプリを揃えるチングに電話し、前回のVolume Master再訪の巻となった次第。

というわけで図々しくも借出したプリがこれ。1960年代にベルリンのスタジオで使用されていた業務用フォノアンプにLINE入力を後づけし、今日のRIAAカーブに変更したもの、というふれこみだ。
左右ch独立でシャーシは鉄製、内部部品もぎっしりでプリと言うのにずっしりと重い。

シャーシカバーを外すと、この通り。

真空管はすべてEF86で、実装されているのは真ん中がSIEMENS EF86、右がTELEFUNKEN ECF803。シールドカバー付きの左の球はシールが張ってあり判読不能。Siemens管だけ背が高いなあ。シャーシ後部の電源部を横から撮った写真がこれ。

そして後面、信号の入出力と電源入力の端子部。このワニ口のような端子に噛み合わせる雌のコネクターから他機器に接続する。
記載されている製品名は、VEB Tonmechanik Berlin DDR Type WE60
ググってもあまり多くの情報を得ることが出来ない。誰か教えて。

増幅部を横から見た図。

裏から見た図。

電源部を裏から見た図

全面パネルに取り付けられた入力トランス。(MC入力用?)


さて音の方は。
音の立ち上がる様、消えいく佇まいがとても美しい。
音量を絞っても滋味溢れる音楽を楽しむことが出来る。
今までのまっすぐ直線的なDAC=SP直結の音が、響きの良いホールで聞く上質の音に変わったという印象。
今までソースそれぞれの音が克明にしかしまとまりなく迸り出ていたのに対し、「ほとばしり感」は抑えられ、音が音楽としてまとめられて出て来る感じ。
このあたりはML-7を入れたときも同様の感想だったが、ML-7との比較で言うと「なめらかさ」「滋味」「美音」といった言葉が浮かんでくる。
反面サウンドステージの広がりはやや抑えられ、直線的に飛び出してくる音の風圧は遠ざかった。

このプリに分析的な聴き方は似つかわしくない。今日もアンプに灯を点そう。長い夜を付き合う友よ。
今年初めての木枯らしが吹く中、Vacume Masterのお宅を再訪。クラングフィルム型フィールド式モニターが圧倒的な存在感!

そして彼と一緒に直熱三極管アンプビルダーのムンさんのお店を訪問。うーん、Western一派の「一途さ」にはついて行けないけれど、ツボに入ると来るなあ、この音。MahlerやBrucknerのシンフォニーで地鳴りのような低音を期待してはいけない。ピアノソナタを、バイオリンコンチェルトを、甘いボーカルを、楽しもう。

今回の訪問には実はある思惑があったのだけど、今日は眠いのでその話はまた次回。
でも一枚だけ、写真をアップ。

さんざんアメフト関連で勇ましいことを言っておきながら、期待を裏切って悪いけど、スタジオ・ジブリの映画はよく観に行く。
村上龍が「テニスボーイの憂鬱」かなんかで、ナウシカの甲虫の暴走場面に言及して以来、気に入っているから、結構の年季だ。
いや、カリオストロのビデオを小学校と幼稚園の子供達と一緒に何度も観ていた頃からだから、もっとだ。
更に遡れば、ジブリに東映動画のニオイを勝手に感じているおいらとしては、鼻っ垂れのガキの頃からの付き合いだ。

韓国でも新作が上映されるから、固定客がいるのだろう。
昨日は「コクリコ坂から」を観た。
観客席を家族連れが占める中、いい歳こいたおっさんが一人で観に行くのは少しどうかなあとも思うが、なあに、暗いから誰も分からねーよ。

しっかし、こっぱずかしい、鼻白む映画だねえ。まったく。
え、だけど目頭熱くしてんの誰だよ。

初めは海の見えるロケーション設定を見て、ああまた尾道映画か、と思ったけど、なんだ、東京五輪前の横浜じゃん。
おいらが大船で鼻垂れてた頃の、お兄さん・おねえさんのお話だな。

でも見てるうちに、なんだか自分もあんな高校時代を送ったかなっていう、そんな郷愁ちゅうか、妄想ちゅうか、ノスタルジーにすっかりハマっちまったんだよ。

この映画を見て思ったけど、「上を向いて歩こう」の白眉はあの跳ねるようなイントロと九ちゃんの節回しの妙だな。だけどサブタイトルでこの曲の題名を使うのはやめようよ。

現役の高校生諸君は、ぬるすぎて見ていられないだろうと思うけど、ショーワの高校生の琴線には何かが触れるんだな。

そうそう、宮崎さんよ、横浜が舞台なら言葉使いにしろ、挙動にしろ、もう少し野暮ったい感じもだしてもらいたかったな。ま、しゃあないか。

それとな、おいらの隣で観ていた子連れのアジョシ(おやじ)、エンドロールが始まって子供達が席を立っても暫く腰を沈めたままだったぜ。
ひょっとして赤い目を家族に見られたくなかったのかな?

やれやれ、焼きが回ったな。河岸を変えるぞ。

僕がフットボールを好きなのは、学生時代・社会人時代と競技を続けたこともあるけれど、その割り切った合理性・分業制と、対極にあるアナクロ文化が両立しているところが気に入っているからかもしれない。
合理性や分業制は、戦争に最も近いスポーツ、あるいはそのシミュレーションとして考えられることからも分かるだろう。

チームはまず自らのあるべき姿と現状の戦力分析の葛藤の中から、シーズンを貫く戦略を構築する。次に対戦するチームの戦力と戦略を徹底分析することで一試合ごとのゲームプランを練り、それを一つ一つの戦術にブレークダウンする。その過程においては、選手だけが動いているのではなく、コーチ陣、戦術スタッフ、フィジカルトレーニングスタッフ、マネージャー、等々フィールド=Grid ironに出てこない多くのスタッフが活躍するのだ。それはある意味で目的を一にする共同体組織であり、「勝つ」という純粋な理念に基づく「会社」組織の原型とも言えるかもしれない。
このような形で運営する組織同士の激突の結果、つまり勝敗の帰趨は、その7割が戦う前の準備で決まっていると言われている。

しかし組織は形や容れ物だけでは機能しないし、戦略や戦術を実際に機能させるのは生身の体だ。選手の心と体を奮い立たせ、命を吹き込むのはヘッドコーチの哲学であり、主将のキャプテンシーだ。
リジェンダリーHC、ビンス・ロンバルディの言葉にどれだけ選手達が鼓舞されたか、彼をウェブで検索してその言葉に触れて欲しい。
拮抗した力の激突を制するのは、チームのハートがどれだけ強いかにかかっているのだ。

ラグビーの世界のOne for all, all for oneという概念は勿論フットボールにも存在するが、ポジションごとの役割にはきちんと値札も付いてくる。NFL選手の値札は、守備でも攻撃でもバックスという名前がつくポジションの方が高く、スクリメージラインという、敵味方の陣地の境界線で体を文字通りぶつけ合うラインメンは、消耗が激しい割に低いと相場が決まっている。それでもチームの勝利のため、あるいは目の前を遮る相手を一歩でも押し込むため、QBがパスを投げる時間を稼ぐため、1ヤードの陣地のやり取りを飽きること無く続けるのだ。

誰でも花形のQBや守備セカンダリー、LBをやりたい気持ちはあるだろう。しかし自分の力を知り、それを一番有効に行使出来るポジションがラインメンだとしたら、答えは自ずと決まっている。

最近の日本の会社は業績主義の名の下に、経営企画や財務・人事など業務系組織がバックスとしてゲームをコントロールし、現場管理職の責任は重くタイトルや権限は軽くなる一方だ。しかもロンバルディはどこの会社にもいる訳ではない。CEOの社員宛メールを横目に、自分の辞書と羅針盤を頼りに折り合いをつけていくだけだ。
サラリーマンの現場を支えるライン諸君、目指すゴールラインが間違ってないのなら、QBになるはずだったという言葉は飲み込んで、黙ってサイドラインの指示通りゴールに向けてドライブしていくことも、いっそ潔くて良いではないか。割り切りと情熱の両立がモットーだ。

オーケー、ロッカールームに戻れ、お前の力を見せてやれ。いっちょうやってやろうぜ。