モルチ!

梅雨が明けたという話は聞かぬが、毎日好天が続く。土曜日に外出した折、五味康祐の「オーディオ巡礼」単行本と無線と実験のムック本「夢のリスニングルーム」を入手し、パラパラとページをめくってみた。

五味の本は、このすそ野の狭い趣味の世界では古典に数えられる名著と言われているが、いままで手にする機会がなかったので、ひょいと覗いた店で巡り合った奇縁を喜んでいる。
1950~60年代の、僕が未だガキの時分の日本のオーディオ事情が伺えて、興味深い。

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「夢の~」はMJの連載企画をまとめたもので、アンプ製作記事のライターや業界エンジニアOBなどプロフェッショナルな人たちから一般の方まで、広くこの雑誌が取り上げてきた各々の住まいとオーディオ機器、音楽とのかかわりを一冊の雑誌に纏めなおしたもの。
マニア一人一人のプライベートな音楽とオーディオに対するスタンス、ライフスタイルなどが透けて見え、カタログ記事と比べてよほど面白い。

数年前に出版されたときは結構な値段だったが、古書となれば手を出せる。MJ誌は他の雑誌類と同様、立ち読み専門だがm(__)m、このムック本の掲載記事の書かれた97~99年ごろは結構まめに購入し、自分のオーディオを組み上げていく参考にさせてもらったことを思い出す。
因みに当時のMJ誌はシカゴ在住の真空管ラジオ蒐集家に進呈した。

今では地下にオーディオルームを構えて一人前の顔をしているが、ここに出てくる人たちと比べれば、いかに「はんちく」でケチなことをしているか、あらためて思い知り、もぞもぞと我が身を入れる穴を探しだす。

そうだ、暑いと言って怠けている場合じゃない。以前の思い付きを実行に移そう。

前回WE271Aの麗しい中高域とMark Levinson ML3の半端ない低域駆動力の話をしたところだが、そのとき浮かんだ猿知恵が、ML-3でD130を、WE271Aで075を別々に駆動するアイデアだ。

いわゆるマルチアンプ駆動システム。幸いN2400には、D130と075に接続するケーブルがターミナルに露出している。

閑話休題。以前シカゴで米国人にMultiをマルチと発音したらまるで通じず、あえてカタカナ表記すれば「モルチ」と言って初めて理解された。単なる中西部訛ではないと思うが…。

ここでは日式表記でマルチとしよう。

通常世の中で使われるのは、一人でいくつもの役割やポジションをこなすマルチプレイヤー、一人に複合的な業務を課すマルチタスク、など1対多の関係を指すことが多いが、マルチアンプの場合は、アンプとスピーカーユニットの関係は1対1で、スピーカーシステムというひと固まりでとらえたときにはじめてアンプとの関係は1対多となる。
あるいは単純に駆動するアンプが複数になるからマルチというのかもしれない。

それはさておき、マルチというと高級パワーアンプをずらずらと並べて高価なチャンネルデバイダーで複雑な操作をして「音を作る」渋面オヤジのイメージで、自分が手を染めることなど思いもよらぬものだ。

しかしネットで検索すると、FOSTEXからEN15というオモチャのようなチャンネルデバイダーがリリースされており、実験レベルでマルチを体験するには渡りに船という仕儀に相成った。

密林買いしたEN15がすでに手元に到着していたが、平日は充分時間がないだの週末は暑いだのと言い訳が先に立ち、まだ開梱もしていなかったのだが、「夢のリスニングルーム」ムックを読んで初心を思い出した。笑

日曜の夕食後に地下室に入り、早速作業に取り掛かる。開梱したEN15はラズベリーパイ並みの小ささ、頼りなさである。大丈夫か?

つべこべ言わずに作業を進めろ。Apolloを前に出して裏面の作業スペースを確保し、D130・075の各ユニットとネットワークN2400を結ぶケーブルをターミナルから外し、それぞれにSPケーブルを接続する。

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今回は暫定措置なので、ケーブルの芯線同志を重ねて熱圧縮チューブで固定し、D130はMark Levinson ML3の、075はWE271Aパワーアンプの出力端子に接続する。

プリ出力ケーブルをEN15入力につなぎ、EN15出力をそれぞれMark Levinson ML3、WE271Aアンプに接続して完成。


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オモチャのようなEN15



配線に間違いないかを確認してEN15の出力を絞ってプリ~EN15~パワーの順に電源を入れ、DELAでソースを再生しながらEN15の出力を徐々に上げる。

・・・音が出ない。

汗がタラーリ。

ボリュームを絞って点検すると、LuminアプリがDACを認識していなかった。(^^;  Luminを再起動し、DACを確認させてから再生をする。コジェナーのヘンデル・アリアが間違いなく左右SPから流れている。ふう。

コジェナー、アンネ・ソフィ・フォン・オッター&コステロ、ジェニファーウォーンズなど聞き慣れた曲を聞いていく。スムースで聞きやすいじゃないか。でも待てよ、なんだか中低域が大人しいぞ。ちょっと妙な感じがする。

もう一度点検すると、正相に接続すべき075が逆相接続となっていた。(-_-;)

ちなみに、Apolloの時代のJBLは逆相になっているので、N2400の赤端子にはアンプの黒出力(コモン)を、黒端子には赤出力(信号)をつなぐのが正常とされている。

したがって今回はD130を所謂逆相に接続し(通常のSPは正相接続)、075は正相(通常SPなら逆相)で接続しなおした次第。

もういちどこれで再生してみよう。

うん、バランスが良くなった。中低域がぐんぐん前に出てくるぞ。気持ちいい。

クロスオーバー周波数を連続可変で変えられるので、2000~2500くらいの間でいろいろと試してみる。N2400のカタログ上のクロスオーバー値2500Hzでは、少し女性ヴォーカルの高域がきつくなるようだ。クロスオーバー値を2000~2200くらいにすると、歌声が落ち着く。それより落とすとハリが失われる。


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ビートルズのAbbey Road "The End"を再生すると、リンゴのドラミングがへヴィー級ボクサーのパンチのように地響きを立てて迫る。ポールのベースがちょっとえぐい。これはやり過ぎ。高域レベルを上げて全体的に少し落ち着かせよう。

…などとこのオモチャのEN15君、なかなか遊べるのだ。しばらくこのままにして実験を続けてみよう。




# by windypapa | 2017-07-09 22:53 | オーディオ | Comments(0)

WE271A 復活の狼煙をあげる

我家の庭では、以前のオーナーが愛しんだ様々な草木が、季節の折々に葉や花を広げて楽しませてくれているが、最近居間の窓を鮮やかに彩るのが、ノウゼンカズラ Trumpet Vainである。

オレンジ色の可憐な花をつけるこの植物は、ノウゼンカズラという和名にそぐわぬ華麗さを放つが、その花はしおれる気配もないままにポトリポトリと地に落ちる。
儚い花だな、と思いながら、夏の到来を知ることになる。

ノウゼンカズラのほか藤の蔓木や梅、柿、米松その他の木々がつくる緑のカーテンを見ることを楽しみにしていたが、あまり野放図に育ち過ぎたようなので、植木屋を入れたところ、ずいぶん張り切って鋏を入れたようで、長髪のヒッピーがいきなり坊主刈りの小僧になったような風情である。

落胆には及ばない。強靭な木々の生命力が、早々に庭を緑で覆いつくすことだろう。

そういうわけで今年も早くも半分が終わったが、我家の最近のオーディオといえば、バイナリ祭りが一服したのち、アナログに回帰してStereo Laboratoryの”Appassionata”に文字通り熱を上げていたわけだが、その間、①Thorens TD124~Malotki MC Transformer間に使用していた平方電気製ケーブルのノイマンケーブルへの交換 ②プリアンプ後方のMCトランス設置用脚立の撤去とラック内へのMCトランス移転 ③②によって空いたラック裏スペースの電源ケーブル・信号ケーブルの交通整理 等の作業を進めた。

また、Bo-Daプリの下段に設置したESS9018DAC, MELCO DELAが発するノイズの干渉を防ぐため、アナログ再生時にデジタル機器の電源をオフにする手順も確定した。(あたりまえか)

これら基本に立ち返った作業により、アナログのリスニング環境は改善したように思う。

さてそうした自己満足的メンテを進める中で、ひとり蚊帳の外にいたのが、WE271Aパワーアンプ。ラックの下で、ドックに入ったきり船体に貝がこびり付くまま放置されたバトルシップのように、静かに時間をやり過ごし、救済を待っていた。

振り返れば2014年にLCRフォノイコ付きプリと共に帰国後、周波数か電圧の違いに起因するトラブルに見舞われ、プリアンプ電源部は貴重な出力管RE604を3本失い、271Aアンプもヒューズが飛ぶなど災難に見舞われたのであった。

LCRプリ修復後、271Aアンプで音出しをしたときは、ドライブ力不足と高域表現の違和感を覚え、上述トラブルで真空管への正常な電圧供給が行われていない可能性を疑い、李さんのもとに調整に出す機会を窺っていたのだ。

李さんと調整の相談を始めるにあたり、釜山に送る前にもう一度自分で主要電圧を測定しようと、WE271Aアンプの裏蓋を外してみた。

まずすべての真空管を外してヒーター電圧を測定する。交流点火のWE271A、WE422のヒーターには、100V電源で4.7Vが印加されている。直流点火のWE101Fと102Fには、それぞれ3.7Vと3.2Vで、102Fの定格2.1Vをオーバーしている以外は問題なし。
真空管をソケットに挿してWE271Aのプレート電圧とグリッドのバイアス電圧を測ると、それぞれ347Vと-21Vとなり、少し低めだが安全サイドに振れているので問題なし。

**PS Audio パワーサプライP600で117V給電環境下で再測したヒーター電圧結果は以下 100Vで測定した102Fの電圧は誤っていた模様。(^^ゞ
WE271A 定格5V 実測5.3V
WE422  定格5V 実測5.3V
WE101F 定格4.1V 実測3.8V
WE102F 定格2.1V 実測2.3V


電圧印加が適正なら、ドライブ力不足と高域の違和感は、①出力トランス ②WE271Aカソード抵抗値 ③出力トランスとSPインピーダンスのマッチング のいずれかに問題があるのではないかと仮説を立てる。

真空管動作環境に差し迫った問題点がないことを確認し、久々にWE271Aアンプに結線し、電源を入れる。
この際、SPケーブルを前回使用したものとは別の端子に接続する。(ピアレス社製出力トランスの二次側インピーダンス表示が見当たらず、確認できないため)

スウィッチを入れると、ほのかに灯る大型ナス管のあかりが、目に暖かく映る。

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音を出してみよう。まずはアナログでウォームアップ用に数枚かけてみる。不思議なことに、かつて感じたドライブ力不足と高域の息苦しさは感じられない。

弦楽器はシルクのような耳触りの美しい旋律を奏で、ピアノの音も籠もることなく、かといって直線的に耳朶を打つのではなく、遠赤外線がじわじわと体の芯を温めるように、聴覚に染み入るかの如くである。

どうやら以前感じた違和感は、出力トランスとSPのインピーダンスのミスマッチも一因だったようだ。だとすればまったくお粗末な話だが、しかし一方で、SP足回りや電源環境の整備も進めてきたことで、リスニングルームの環境が整ったことが音質改善に寄与しているのではないかと考える。

いずれにしても聴き疲れのしない、心地よい音色である。

お気に入りのStereo Laboratoryシリーズ、アシュケナージ演奏のBeethoven ピアノソナタ Appassionataと、ショルティ指揮シカゴ響の幻想交響曲に針を降ろす。

ダイナミックレンジの拡大は表現しつつも、それを誇示することなく、全体の音場の調和に昇華させていく、そのような再生である。

いわば主役と脇役を描き分け、主役の立ち居振る舞いの美を引き立たせるために脇役の味を効かせる、というような表現である。

いままで聴いてきたレビンソンML-3の、ワイドスクリーンに極彩色・高密度の絵を映し出し、脇役一人ひとりの挙動もさらけ出すような表現とは好対照である。

低域もそれなりに出ており、ML-3を知らなければ全く問題ないレベルである。しかし、先日記した「シャチが暴れる海や大鷲が飛翔する」ような聴き手を括目させるML-3の再生は別次元である。そもそもML-3の低域のスピーカー制動力を、シングル出力の真空管パワーアンプに期待するのが誤りなのである。

かといってWE271Aの低音がスカスカというわけではなく、2W程度の出力とは到底信じられない、強力な低音を叩きだしてくる。
Stereo Laboratoryシリーズの再生では、ML-3で大仰に囃し立てた「発見」の数々は影を潜めるが、WE271Aの独自の美学に基づく再生を聴かせてくれるのだ。

デジタルソースに切り替えてみよう。WE271Aの利点は何といっても滑らかで美しい中高音であり、イザベル・ファウストの無伴奏ソナタやコジェナーの唄うヘンデルのアリアなど、蕩けるような美音が耳朶を捉える。

ML-3の再生音が、イザベル・ファウストの弦の上を走る弓の擦過音まで直接的に、生々しくとらえるのに対して、WE271Aは個々の擦過音がどうのというより、楽器の音として聴かせる傾向がある。
コジェナーのアリアも、彼女の高域の歌声が発する空気の共鳴を、ML3ではそのままビリビリと耳に伝えるところ、WE271Aではエッジが適度に緩む傾向にあり、そうした点が僕にとっての聴きやすさに寄与しているようだ。

ではPOPs, Jazz系音源はどうだろう。ハイレゾ音源Carpenters "Singles 1969-1981"で聴く"Yesterday once more", "Close to you", ともに音場の広がりはハイレゾソースの名を裏切らず、滲まないぎりぎりの範囲でウォームなヴォーカルを聴かせてくれる。ML3でもカレンの口が大きく感じられたので、「滲み」云々はソースの問題だと思われる。

「真空管らしい暖かい音」という言い訳めいた表現を拒絶する僕は、ハイレゾらしい解像度の高さと豊富な情報量の発現に注目したが、この古典的なシングル出力アンプは、ハイレゾ音源に対するアプローチをよく弁えているようで、期待を裏切らない再生であった。

Jennifer Warnesの”Hunter", ”Famous blue raincoat"という通常CDリッピング音源でも、ハイフィデリティを十分に発揮させる再生。"Way down deep"の超低音は、ML3のように部屋を揺るがす空気の波動こそ押し寄せてこないが、ヒアリングレベルとしては申し分ない再生である。

Rebecka Tornqvist "The Stockholm Kaza Session"では”Out of this world"のリズムの「切れ」、”The Peacock"のバリトンサックスの超低音の響きに注目して試聴するが、これらも合格。”Out of this world"のレベッカのヴォーカルや”The Peacock"のサックスの音色に乗る管球アンプならではの艶かしさが、好ましい。

同じくCD音源で途方もない情報量を秘める、Joni Mitchell "Travelogue"から”Slouching towards Bethlehem"を聴く。左chから轟くグラン・カッサを破綻なく再生する。何度も言うが、ML3の再生する空気の「揺れ」までは期待してはいけない。それを補って余りあるジョニの声の艶、オーケストラのハーモニーの豊饒である。

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結論:バッハの無伴奏バイオリンやコンチェルトを聴きたいとき、あるいはヘンデルのアリア集に耳を傾けたいときはWE271Aに灯をともし、Stereo Laboratoryのダイナミック感や高分解能ソースで耳を洗いたくなったら、あるいはオーディオのギミックを味わいたくなったら、ML-3の電源を入れればよいのである。

しかし、僕の聴き方は、あるソースから他のソースに、定見なく気の向くまま彷徨うのであって、そのたびにパワーアンプを繋ぎかえるのはいかにも面倒である。

WE271Aの中高音、ML-3の制動の効いた低音を合わせたものがあればよいのだが。

…と無いものねだりが始まる。



# by windypapa | 2017-07-05 11:42 | オーディオ | Comments(0)

6月の読書記録

最近読んだ本。

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ポール・オイスターとチャールズ・ブコウスキーへの偏愛が続く。
「ブルックリン・フォリーズ」は優れたストーリーテラーのポール・オイスターの才能に安心して身を任せて読み進められる一冊だが、題材やストーリーの運びがウディ・アレンの映画のようでもあり…。同じ民族の嗜好、ウィット、というところか?

「くそったれ少年時代」とは思い切った邦題だが、原題Ham On RYEは、訳者中川五郎は言及していないが、サリンジャーCatcher in the Ryeを意識したものだろう。社会に適応できずに不格好にもがく少年~青年時代を描く青春「活劇」であり、「勝手に生きろ!」同様、ブコウスキーの投影たる我らがヘンリー・チナスキーが太平洋戦争前の西海岸を舞台に、ホールデン少年とはまるで違った環境で、無様に、逞しく、悪戦苦闘する様を活写する、誰もが共感するであろう(たぶん)、青春物語。
高校生の頃に読みたかったな。

オイスター、ブコウスキーと読みやすい、親しみやすいものに流れがちな習慣に変化をつけようと、地下の書棚から持ち出したのが「白鯨」。読んだことのない数多くの「名作」のうちの一つである。
果たしてその語り口のとっつきにくさ、知識のひけらかしに比例する注釈の連続、芝居がかったセリフ回し、などに辟易としながら、それらの「癖」に慣れた後は、通勤電車の友として楽しませてもらった。
旧約聖書や神話の物語に範を取る記述や、現在では一般的でない、大時代的な言葉が多用される訳文など、暇と時間のある身には楽しめる作品であった。パソコンに単語を入力すれば、正誤に拘らず様々な情報が出力される今日とは比べ物にならない情報不足の時代に、これだけの力作をものにしたメルビルに敬意を表す。

「黒い瞳のブロンド」は数か月前に図書館から借り出して読んで気に入って密林買いしたもの。
最初の時が劇場で観たような印象なら、再読にかかると、居間で蛍光灯のもとで観るTV映画のようになるのが通例だが、流石にこの本は読ませ処はしっかりと引き込んでくれた。
ベンジャミン・ブラックの描くマーロウは、タフでジェントルでありつつも、ぐっと後者に偏り、人間らしさを出している。
なにしろ殺されそうになりながら「殴り合いはそれほど得意ではなかった。四十の坂を超えれば、とにかくもう無理だ」と独白させ、ヒロインのクレアとの別れが決定的となったリッツ・べヴァリーのラウンジでは、席を立つクレアに「行かないでくれ」と懇願させるのだ。

チャンドラーの時代より、生きていくことが容易になったとでも言うのであろうか。

しかし、そんな人間臭いマーロウも、また魅力的なのだ。
クレアとの事実上の別れのシーン、リッツ・べヴァリーの章は、再読でも、しみじみとせつない。
「テーブルには、彼女が口をつけなかった飲み物が置かれ、ひとりぼっちのオリーブが中に沈んでいた。灰皿の中の押し潰された吸い殻には彼女の口紅の跡があった。
半分飲みかけの私のグラス、丸められた紙ナプキン、すぐに風に運ばれていきそうな、テーブル上の煙草の灰を私は見つめた。後に取り残されるものはそんな物だ。記憶に残るのはそんな物なのだ。」P279
そしてマーロウへの共感を掻き立てるように、クレアとの逢瀬の描写にも、ランプシェードの赤いバラとその残像や、彼女がアパートメントへの階段を上るそのつま先の描く8の字など、チャーミングで愛らしくせつない、読者を納得させるディテールが描き込まれている。

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ふう、ギムレットにはまだ早い、かな。ワン。


相当の筆力を持ち、読ませ処を心得た作家であることは間違いない。
今度はベンジャミン・ブラック名義ではない、ジョン・バンヴィルの著書を一度読んでみようかな。










# by windypapa | 2017-06-26 20:36 | 日々是好日 | Comments(0)

低音鍵の発する音、沸騰する海のごとし

今年は空梅雨となるのか、6月というのに初夏の日差しが続く。

オフィスの近くにある旧芝離宮恩賜庭園でサンドウィッチを頬張り、昼休みを過ごす。

市街の喧騒を忘れさせる、緑と青の景観に目を休める。

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と、ずんずんと小山を登っていく大きな亀に遭遇。

頑張れよ、と思わず声をかけたくなる。
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さて、前回言及したSTEREO LABORATORY盤の高音質の理由をライナーノーツから拾ってみよう。

1.マスターテープ 英DECCAより複数取り寄せ、録音・SN比・歪特性の優秀なものを厳選

2.カッティング ①コンプレッサーを一切使用せず、マスターテープと同等のダイナミックレンジを確保。大音量時のピークレベルは、通常のレコードより4~8db増しでカッティングされた。
②カッティング速度 テープの再生スピードは通常速度の半分の19㎝/sec、カッターのラッカー・マスター盤速度も通常比半分の16 2/3rpmとし、カッティングプロセスでの周波数帯域は20Hz~45,000Hzを確保
③カッターヘッド  西独(当時)ノイマン社SX-74カッターヘッド使用 「カッターヘッドの定インピーダンス化により、低音から高音までの位相歪を減少(原文まま)」
④カッティングピッチ 音溝に余裕を持ったカッティングピッチを確保 LP片面演奏時間を15分程度に制限し、特に低音域の伸びの再現に貢献

3.原料とプレスの工夫 具体的な記述はないが、「レコード原料も特に吟味された」「プレス工程でも十二分の注意が払われている」と記載

なるほど、高音質への拘りが裏付けられる取り組みだ。

再生音も、実際のところ、STEREO LABORATORYプロジェクトチームの意気込みが伝わる素晴らしいものだ。

従来のヴィニル再生とは次元の違う低域弦の響きがリスニングルームの空気を揺らし、グランドピアノの音像が、巨大な構造物のように聳え立ち、こちらに迫ってくる。

アシュケナージの指が縦横無尽に目の前を駆け巡り、一音一音も忽せにしない、奏者のタッチにリニアな音の塊が、こちらにびゅんびゅん飛んでくる。

低音域のフォルテは、シャチの群れが暴れる沸騰する海の如くであり、中音域から高音域への飛翔は、大鷲が空を駆けるがごとくである。

念のためもう一度聴きなおしても、感想は同じなので、あえて大仰な感想のまま残しておこう。

STEREO LABORATORYプロジェクトに敬意を表し、オークションを漁ると、早速本命盤がヒットした。

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ショルティ指揮シカゴ響の幻想交響曲だ。これほどSTEREO LABORATORYプロジェクトの狙いにフィットした組合せもあるまい。

なんという幸運か。

到着が楽しみである。

# by windypapa | 2017-06-23 11:14 | オーディオ | Comments(0)

WE310A 臍を曲げる

先週末 オヤイデで買い込んだ部材を使って、電源BOXを製作。ついでにRCAケーブルも加工する。
電源BOXなんぞ目を瞑っていても組立てられるとタカをくくっていたら、箱の中が狭くて思うように指を動かせず、部品の取り付けにも四苦八苦の体たらく。
おまけに写真の黒い方のコンセントの厚みがあって、ACインレットのアースを上にしないと収まらないことに後から気づき、もう一度やり直し。とほほ。

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完成した電源BOXを早速使って、DELAとESS9017DACへPAD コロッサス電源ケーブルで100V給電開始。電源BOXへの給電は、Mark Levinson ML-3純正電源ケーブルを流用し、ML-3にはWIREWORLD ELECTRAⅢというケーブルで給電。
先日PS AUDIO のパワープラントP600ケーブルもPADコロッサスに変えたのと併せると、今回大幅な電源周りの見直しとなったわけだ。

ではその成果やいかに? すぐに結果を求めたいところだが、残念ながら雑誌の試聴のように激変というわけにはいかない。
あえて印象を言えば、よく言えば音が締まり、悪く言えば余裕のない鳴り方になった。弦楽器の高音部の表現に乗っていた響きが減退し、飾り気のない音に変わった。
しかしここは少し時間をおいて経過を観よう。Walk, don't run.

ケーブル加工は、Bo-Daプリ~Mark Levinson ML-3を結ぶケーブルの両端を、RCAとCAMACにすることで変換プラグを省こうというもの。ここで役に立つのが、オヤイデで見つけた卓上バイス。プラスティック製の安物だが、吸盤付きのスグレモノ。コネクターの加工など、もう一本手があれば、と思う作業にうってつけだ。
おかげでRCAプラグの取り付けはあっという間に終了。

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しかーし、LEMOコネクターはそう簡単には済ませてくれない。卓上万力をもってしても、信号ライン用の剥き銅線をはんだ付けするプラグの筒穴が、細くてうまく加工できない。4度ほど接合を試みるが、接着不良で音が出ない。LEMOコネクターもはんだだらけになってしまう。

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精密作業用の鏝を用意しないといけないのかな?


仕方なく作業を諦め、RCAケーブルにLEMOコネクターをつけて今まで通り接続する。

さてさてそんなことをしていると、フォノ初段左chのWE310からまたしてもガリガリとノイズが発生。

先日シールドケースを外して風通しを良くしてやったばかりというのに、まだ何か不足なのか!?

WE310AはトップにGRID端子がついていて、「キャップを外すときに注意しないと端子がポロリと取れる」という話を聞いているので、あまり触りたくないのだが、意を決して注意深くキャップを外し、ソケットから引き抜いて足を金属たわしで磨き、3-4回ソケットに抜き差しして接点を磨き、元に戻す。

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WE310Aはどうやらこれで機嫌を直したようで、機嫌よく歌い始めた。

こういうのを笑って済ませるようにならないと、ヴィンテージと付き合えないのだね。    …ときどき疲れるけど。

2-3日置いてエージングも進んだ頃合いと、昨夜針を降ろしたヴィニルがこれ。

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ずっと前からラックに眠っていた盤で何回か針を降ろしたこともあったはずだけど、今回ほどの再生音の驚きは記憶にない。

「マスターテープの音を忠実に再生」という謳い文句も、単なるセールストークに終わらない、凄まじい再生音だ。

この項 続く (たぶん)




# by windypapa | 2017-06-21 23:21 | オーディオ | Comments(0)

タガを緩めた藤沢の夜

再び藤沢の居酒屋「久昇」で男の飲み会。アメフト大学横断同期会に端を発した、一角獣OBと高校の同級生とを繋ぐスピンアウト同期会だ。しかも幹事は卓球部という節操のなさ。

体重110㎏超の二人を含めて、でかい背中のおっさん達が入口近くのカウンターを固める。後から来たお客さんにはさぞかし目障りであったろう。笑

注文の仕方からしてデリカシーがない。乾杯のビールの泡を口に着けたまま、突出しに箸をつける先から、カウンターの上に並ぶ大皿料理の端から6皿くらいまでを指さして、「こっからここまで全部ね」だと。

年相応に控えめに、などという遠慮は頭に浮かばない連中だ。笑

語るほどに一角獣チームの40年近いブランクが埋まっていくようだ。

つなぎ役となった僕も、なんだか仲間になったようで嬉しい。


人と群れることを良しとしないモットーのくせに、矛盾しているじゃないか。

そうだね、でもこんな夜があってもいい。

それにしても久昇、相変わらずの繁盛ぶりで、この日もシニアの先輩方で夕刻からほぼ満席。いいなあ、地元のシニアがぶらぶら集まって酒を酌み交わすの図。
そしてシニアの上をいく長老達が板場に、給仕に、精を出してサービスしてくれる。なんだかほのぼのする雰囲気なのだ。

もちろん、料理は旨い。すじ肉の煮込みやら厚焼き卵だの、定番もさることながら、この日旨かったのは、旬の鰺のタタキ、豚ブロック肉のシチュー風煮込み、トウモロコシ粉から作ったパウンドケーキもどき、等々。どっさり大皿に盛られたミョウガを炒めて卵を絡めた一皿もうまそうだったな。(おいらの口に入る前に消滅)
泉州産水茄子のサラダはもうちょっとかな。しかし、総じて旨いのだ。

この店に来ると高校の同級生のTが必ず〆に頼むのが「親子丼」。嘘だろもう喰えねー、と言いながら、丼の半分をぺろりと平らげる自分に呆れる。Tはもちろん一人で完食。

良い気分で小田急の急行に乗ったら案の定乗越してしまったが、日付が変わらぬうちに帰還する。

風呂からあがって計量すると、しっかりと「つけ」が回っていた。

Help yourself!



# by windypapa | 2017-06-20 23:23 | 日々是好日 | Comments(0)

テルミドールの反動

抑圧からの解放は熱狂を生み、熱狂は革命を生み、革命は反動を生む。

時計の振り子が左右に振れるように、人間の情熱と価値観は揺れ動く。

その振幅が人より少しばかり大きいのがこの私だ。

このふた月間吹き荒れた我が家のデジタル革命は、マリーアントワネットMark Levinson ML-1を放逐し、新たに宰相DELAとESS9018DACの共和政を迎えたが、ここで運動の第三法則=作用反作用の法則が働き、振り子は逆の方向に振れはじめる。

これは上記の世の倣いであり、私の移り気からくる必然でもあるが、そのトリガーとなったのは、O氏宅で耳にしたハリーベラフォンテの「カーネギーホールライブ」のテープ再生であったかもしれない。

O氏の緻密に積み上げた、静かな森の中に湧く泉の如く聴く者の体を満たすデジタルオーディオがその目指すところとする、Nagra T-Audioのテープ再生音は、私から見ると多くの面で対極にある、究極のアナログの音である。

アナログと違う音場の広がりと高い分解能、広い再生帯域、ヴォリュームを上げてもびくともしない音の確かさ、容易な操作性、などをデジタルオーディオの利点と考え、大音量で部屋全体を鳴らす快感に酔う私は、聴覚上はなからデジタルとアナログを切り分けている。

もちろん、響きが減ることで弦の音が神経質になったり、楽器の音が無機質に聞こえることは受け付けないので、そうした瑕疵が目立たない音がアナログ的という意味なら話は別となるが、私の中の聴覚上の一般的整理は「別物」でなのである。

しかしいくら力んだところで、「ダニーボーイ」の歌声は、しばらく帰っていない故郷からの呼びかけのように私の情緒を捉えたのだ。

閑話休題。PlextorのFirewireポートがネックになっていたCDのリッピングについても、Apple ShopのThunderbolt↔Firewire(9P)変換アダプターとエレコムFirewire 8P↔6P変換コネクターの組合せで問題は解消し、順調に作業が進むようになったが、リッピングと再生を同時で行うとさすがにDELAの再生音の伸びと厚みが殺がれるようだ。


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ハイレゾの場合はデータをDELAに移行するときに、同時にハイレゾ音源を再生しようとしたら、途中で再生がストップしてしまう。DELAも所詮PCの一種であり、CPUの限界を超えれば機能低下に陥るという当たり前の事実に気が付いた。

O氏のいう、音楽データの①読み取り、②並び替え、⓷再生、を独立したボードで行い、電源もそれぞれ独立して給電する、という音楽用PC構想は、したがって大いに的を得たものだと感じる次第。

ということで話が元に戻るが、CDリッピング中にはアナログを再生という成り行きとなり、久々にThorens TD124の埃を払い、ベラフォンテのLive盤に、よせばいいのに針を落とす。

Nagra対比で完敗を覚悟していたが、アナログ再生が久しぶりであることも手伝ったか、聴感上予想外の善戦となり、ダニーボーイにしんみりと心を奪われる。

なんだかすっかりご無沙汰していた店に久しぶりに立ち寄ってみたら、温かく迎えられ、その居心地の良さに改めて気づいたようなバツの悪さだが、一方では音色の異なるオーケストラが一つ帰ってきたような、嬉しい気持ちだ。

と、突然右chからゴゴゴゴゴ…と凄いノイズが出るアクシデントが発生。あれこれ調べてみると、LCRフォノイコ初段WE310Aのシールドケースのガタが原因だったようで、ケースを取り払ってしまうとノイズは解消。いままでフォノアンプが暖まるまでガサゴソと出ていたノイズも、同じ原因だったようで、その後は発生しなくなった。WE310Aのシールドは、外したままでそれほどノイズを拾わないので、しばらくこのままでいこう。

ベラフォンテに気をよくして、翌日もヴィニルに針を降ろす。デジタルに急傾斜する前にオークションで仕入れたSimon & Garfunkel "Bookend"オリジナル盤。

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A面2曲目Save the Life of My Childのイコライジングで蘇る弩低音は、深い井戸の奥底から汲み上げてきたかのようだ。
そしてMrs.Robinsonのギターとヴォーカル、What a hell reality!  亡き淀川長治が「いや~ヴィニルって本当に素晴らしいですね!」とお手手をニギニギするさまが頭に浮かぶ。

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Godzillaさんに倣って内袋も撮影。昔のアメコミみたいで楽しい。

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さらに翌日はカラヤン指揮BPOのBeethoven Symphony #7(1962年録音 グラモフォン盤)に針を降ろす。チェロ、コントラバスの音色に親和性を持つ私は、第1楽章後半の、低奏楽器が重畳的に波のように押し寄せる部分(バッソ・オスティナート=執拗に繰り返される低音の音型 というらしい。今回ネット上で知った。)に耳を凝らして聴いていたが、序奏終了部ーこの盤の第1楽章3分5秒と10秒くらいのところで右chで慎ましやかに鳴る、今まで気づかなかったコントラバスの音色を発見する。

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これはなんとしたことか。DELAでボリュームを上げて再生する広帯域なデジタル音源のおかげで、ApolloのD130のコーン紙がほぐれたとでもいうのだろうか?
あるいはアルニコマグネットの磁気がにわかに活性化したとでも?
はたまた先日根岸ケーブルから交換したPS AudioパワープラントP600の電源ケーブル、Purist Audio Designのコロッサスがもたらしたのか?

などと些細な「気づき」を大袈裟に取り上げて悦に入るなど、夜ごとの楽しみが増えている昨今なのである。

# by windypapa | 2017-06-16 21:33 | オーディオ | Comments(0)

袖を擦り合う

7日夕刻 JRの駅を下りて国道を渡り、樹木の生い茂り蛇行する坂を上った高台にあるホテルのバンケットルームで業界団体主催の懇親会に出席。
遥か記憶の彼方に披露宴の会場として使わせてもらったことがあるが、時を経て名前は変われど(資本は同じ)、落ち着いた佇まいは昔日のままだ。ガラス張りの超高層の近代的なホテルも結構だが、昭和生まれの私には、昔ながらのこうしたホテルが肌に合う。
営業の一線を離れて久しいが、パーティーでは懐かしい方々と再会し、近況を確かめあう。
最近は出不精でこうした催しにも顔を出すのが億劫になりつつあるのだが、やはりご縁は大切にしておかなければいけない。独りよがりになりがちな昨今の我が身を見つめなおす。

8日夜 有楽町でフラッグフットボールの大学OB同志の集いに参加。今回は母校に加え、定期戦の相手の関西の大学OBも参集し、賑やかな集いとなった。
カレッジ、社会人のフットボール経験を通じて縁を結んだ仲間が、上は1978年卒から下は2003年卒まで、世代を超えて、フラッグフットボールで再び集うという趣向。大学時代、フィールドに汗を流した者が人生を熟成?させていく過程で得る、ささやかな愉しみと言える。

先週末と言い、フットボール関係の集いが多い。先日同席したK大学OBとの会話が縁で、高校の同窓生(K大OB)も参加するミニ同窓会の開催も急遽決まったし。この年代になると、青葉繁れる時に交わった友が恋しくなるのだろうか。

9日夜 霞が関に前の職場の「くだをまく会」で集結。一人を残して前の職場を後にしているが、異なる価値観と社会経験を持ちながら一緒にくだをまいていた三人で久々に気勢を上げる。

10日 オーディオの友であり、デジタルオーディオの師であるO氏宅を訪問。アナログ・マスターのS氏も加わり、弾む会話に時計の針の進むのも忘れて愉しいひと時を過ごす。
この日はOさんが手塩にかけた素晴らしく精緻でニュートラルな音が、今まで経験したことのない広がり方で部屋を満たす様を体験することができた。
当日の感想は、翌日発信したO氏へのメールから以下の通り抜粋。

かように今週は朋とのふれあい週間のごとき様相と相成った。

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昨日はありがとうございました。初めて訪れるOさんのオーディオルームは、マニア心満載、遊び心が満ち満ちた愉しい空間でした。

まず目に入るのがジャーマンフィジクスのユニコーン。
名前の通り上方に突き出たメカニカルなDDDユニットといい、美しいメープル模様のボディといい、音が出る前からただならぬ存在感を漂わせています。

また中央に鎮座する、LEDの赤い光の点滅も眩しい是枝アンプ、黄色い電源トランスがランドマークのように自己主張しています。

そして眼下に広がる(笑)自作DAC, オーディオ再生専用PCの一個師団。クラフトマンOさん宅ならではの景観です。

後刻決定的な仕事をすることになるNAGRAデッキは、このときはまだひっそりと右手で息をひそめていたのでした。

さてそんな存在感たっぷりのOさんシステムから再生された音は私の耳にどう聞こえたか。

ユニコーンの発する音は、我が家のJBLの直接音とは対極的に、じわじわと足下から浸してやがて部屋中を満たす、深い森の中の泉のような音でした。

透明感の高い、緻密さを感じさせる音で、音楽をファブリックに例えるならば、そのテクスチュアを隅々まで明らかにするような再生でした。

音場感も、SPがリスナーと対峙するのではなく、リスナーを包み込む独特なもので、聴いていて「音楽に浸る」という感覚をもちました。

この音はユニコーンの性質に深く由来するのかと思いましたが、Gさん宅ではまた違ったテイストで鳴っているというお話を伺ったので、やはりOさんのテイストが構築したキャラクターであろうと推察します。

一通りの試聴で上記のような大枠を捉えたと思いましたが、最後にNAGRA T-Audioというとんでもないジョーカーが出てきてひっくり返されました。

いままである意味冷静に鳴っていたユニコーンが、別の血液が注入されたかのように、闊達に歌い始めたのには驚きました。

デジタル再生の音と、テープ再生の音と、どちらの音がハイフィデリティなのかは議論があるところでしょうが、身体が前のめりになって耳を傾けてしまうのはテープの音でした。

見なければ良かった、聴かなければ良かった、と思うことは人生で多々あることですが、昨夜もまたそういうジョーカーに出くわしてしまい、心が乱れる始末です。笑

これだからまったくオーディオというものは楽しく、悩ましいものなのですね。




 

# by windypapa | 2017-06-10 23:55 | 日々是好日 | Comments(0)

水無月の初めにせしこと

金曜日 仕事の同僚達と神宮球場で野球観戦。外苑前から球場に向かう道の先には国立競技場がぽっかりなくなっていて、何か別の場所に来たような感覚だ。
ともあれ、屋根のないスタンドに陣取り、緑色のフィールドの上で繰り広げられる球技を眺めながら飲むビールは格別である。
隣同士になったバーミンガムから来て野球観戦は初めてという英国人親子とあれこれ話しながら、野球観戦も国際化したものだと感心。
愉しいひと時であった。

土曜日 久々にフラッグフットボールの練習に参加。大学の人工芝グラウンドに集合したが、普段利用したことがない地下鉄駅から道を辿ると、見知らぬ工学部地区に出てしまい、ロストしそうになった。卒業生として情けない気持ちで大学病院前のフィールドへ急ぐ。
青葉繁るキャンパスを歩くのは気持ちが良い。

青空のもと、緑のフィールドに出ると気持ちも晴れる。
前週の左膝痛が再発せぬよう十分ウォームアップし、アジリティもほどほどに、ジジイ練習に徹する。
フィールドを渡る風は心地よいが、夏のような陽射しに照らされ、人工芝の輻射熱にあたっていると、思いのほか体力を消耗するようだ。

それでもスクリメージドリルを重ねると、アドレナリンもそこそこ分泌され、「運動した」感を得ることができる。
それにしても、35~45歳カテゴリーの連中の体の切れときたら、たいしたものだ。マンツーカバーではあっという間に置きざりにされる。やれやれだ。

練習が上がると17時まで手持無沙汰になる。当初は神保町界隈をぶらぶらして時間を潰そうと思っていたが、思いのほか体力を消耗したため、一旦自宅に戻ってシャワーを浴びて昼寝する。犬が添い寝しようと体を入れてくるのが、鬱陶しくも憎めない。

夕刻、再度東京へ向かう。八重洲の某所にフットボール同期が大学横断で集い、旧交を温めるという趣旨。数年前にM大学OBが中心になって同じリーグのOBに声をかけて始まり、今では関西の大学OBも駆けつけるほどだ。
こういう会を続けるうえでの主催者の苦労はいかばかりか。声掛けをしてもらったことに心から感謝したい。

母校は同じリーグでも下位常連で、「タッチダウン」誌に掲載される常連校が眩しく、同席するにつき一種の気後れ感は否めないのだが、同じ時代に同じ場所で体を張ってぶつかりあった者同士、ヘルメットを脱ぎ世俗にまみれて苦労したのちは昔のよしみで温かく交わろうぜ、という気持ちが嬉しい。

実際、常連は別にして、テーブルに着いたメンツはヘルメットを脱いだ形ではほとんど初対面だが、杯を傾け昔話に花を咲かせているうちに、なんだか旧知の友のような気がしてくるのだ。

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皆にウケた約40年前製造のフジマル製ユニフォーム。厚くて重くて、へヴィーデューティ。


そういうわけで、延々5時間にわたる大セッションを終えて帰途に就く。ああ、疲れた。でも楽しい。

日曜日 体が重い。朝の犬の散歩を家人に譲る。午前中、データバックアップ用NASの設置作業に没頭する。最近のNASはよくできていて、マニュアル通りに進めると一発で認識するのが嬉しい。
先週、回復されたデータを収納して戻された外付けHDDを見ると、写真と動画はそこそこ復旧したが、音楽ファイルは4割程度のリカバリーに留まった。うーむ、なかなか思ったようには進まないものよ。
料金は基本工賃が4万円で成功報酬が3万円という取り決めだが、復旧率の低さに鑑み、成功報酬は5千円で手を打った。
痛い出費ではあるが、いつまでも故障したHDDに未練を残していても仕方ないので、このあたりで線を引く必要があったのだ。…と自分に納得させる。

データのファイル名は壊れてしまっているので、一つ一つ見ていくのも疲れる作業だ。PCのキャッシュファイルを削除し、いくつも重複した写真データを削除する。Shift+clickで複数のデータを包括できず、難儀する。
音楽ファイルは途中まで問題なくても途中でなにかしらの瑕疵から止まってしまうものも多く、復旧率は5割弱といったところだろう。残念だ。

しかし復旧したハイレゾリューションファイルをDELAに移し、再生音を耳にすると、データ整理の苦労も吹っ飛んだ。 to be continued.







# by windypapa | 2017-06-04 15:02 | 日々是好日 | Comments(0)

バイナリの河から外洋に漕ぎだす

初夏というより夏本番の日差しが照り付ける5月も下旬を迎えている。
しかし暑いと騒ぐわりには、コンクリートやアスファルトがまだ熱を帯びていないだけ過ごしやすい。

犬の世話ばかりで週末を過ごすのも味気ないので、家人の後をついて生田緑地の薔薇苑に出かける。
小田急向ケ丘遊園前駅から藤子不二雄ミュージアムに向けて10分強ほど歩くと駐車場入口に辿り着き、そこから山道を登ること10分強の遊園地跡地に薔薇苑が広がっている。
いまどき入園料無料というのが嬉しい。ボランティアの方々の詰めるテントで硬貨分の気持ちだけ箱に収めると、花の種を分けていただけた。なんだか申し訳ない。

薔薇苑は思っていたほどの規模ではないが、回ってみれば丁度良いくらいの広さで、なかなか見事な庭園となっている。

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僕の知らない様々な名前のついた色とりどりの薔薇達が、その美しさを競うように咲き誇り、つかの間の楽園、花の王国を形成している。

聞けばこのシーズンの公開最終日ということで、そう言われてみれば昼に向けて随分と人出も増えて来たようだ。

いろいろと見た中で記憶に残ったのは「黒真珠」と「イマジネーション」。「黒真珠」は赤味の差す黒あるいは黒味の差す紅色で、とても奥行きが深い色が印象的である。

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「イマジネーション」も紅色だが、落ち着いた、深い色合いの赤が茎の緑と対比をなして、これもまた甲乙つけがたい美しさである。


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近いうちに我が家の庭に両種を迎えたいところだが、家人の判断やいかに。

さて自宅に戻ると今日も地下の穴倉に向かう。

DELAとLuminアプリでデジタル武装した我家のヴィンテージシステムの覚醒ぶりが凄まじく、我がことながら圧倒されるのだ。

いったいDELAなる一皮むけばただのHDDともいうべき銀箱に格納された味気のないバイナリデータが、どうやってESS9018という薄型チョコ片のような素子をくぐったのちに変換され、大きなナス型のガラス管内の電極を飛び移る微弱なアナログ信号となり、床にうずくまる黒ラブラドールがごときML-3の体内で煮え立つマグマのエネルギーを得ると、N2400アッテネーターで上下に切り分けられながら、片やアルニコマグネットの磁気回路を、他方アルミホーンレンズを奔流となって駆け抜け噴出し、大いなる波動となってこの穴倉を満たし、その床を、壁を揺らすに至るのか。

これらレビンソン、JBLなど古の兵どもが新たな精気を得て洋々と歌う様は、まるでパイレーツオブカリビアンの黒真珠号(あれ、薔薇の話はここに引き込む前振りだったの?)の内部が最新鋭の電子機器に置換され、強力な駆動力と火力を得て黄泉の海から帰還したかのごときである。

ジャック・スパロウの黒真珠号の名前を出したのは他でもない、遥か外洋を巡行する船の例示であり、それがキャプテン・エイハブのピークオドであろうが構わない。
新たなデジタル音源再生によって地下の穴倉における演奏は相当の音量に堪えうるものとなり、いままでの箱庭的再生から一歩外に、波風の経たぬかわりに浜の雑多な音から逃れられぬ湾内の海から、紺碧にうねる外洋に漕ぎだしたかのようである。

内海と外洋の違い、それは潮の流れ、覗き込む海の深さ、色、渡る風の香りに見出すことができようが、我が穴倉においては、音の密度、余韻、色彩の深み、体にかかる物理的な音圧にその特徴が現れる。言うまでもなく、現在我が穴倉を満たす音は、深く、広く、濃い。

そしてラウドだ。

DELAとUSB/DACを結ぶ愛用の平方電気製USBケーブルを、長きにわたり死蔵してきたエーワイ電子のデータ専用USBケーブルに交換したのも貢献した。

以前(4~5年前)はさほどの差を感じなかったのだが、今回の環境で投入すると、鈍感な我が耳でもはっきりと違いを聞き取ることができた。




ヴォーカルの口が締まり、音響を上げたときの「滲み」が減った。そして何より低域にブルンと弾みがついた。

ウッドベースの音が垂れ下がらず、ビンビンと立ち上がる。気持ちいいー。(かくありたい。笑)

ビートルズのリンゴのヘタUSBから移した44.1kHz/24bitをDSD変換した音が穴倉に響くと、我家のパピーのように部屋の中を走り回る衝動すら覚える。

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Abbey Road のB面You Never Give Me Your Moneyからのメドレーを、気持ち良さに任せて3回も聞いてしまった。

耳を立てろ。漫然と聞くことは許されぬ。否、漫然と聞くことはもはや不可能である。


# by windypapa | 2017-05-28 22:15 | オーディオ | Comments(0)

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